麗しき日々
 
 「ええ―!」

 思わず悲鳴を上げてしまった。

 だってここは三階だ。


 慌てて窓を開けると、僅かな壁の足場に足を乗せていた副社長が、ずぶぬれで窓から入って来た。


「副社長……」


「大丈夫か?」

 そう言うと、副社長は窓から顔を出し、隣の窓から顔を出している栗林さんにオッケの合図を送った。


「どうして……」

 私は驚きを隠せず、副社長を見つめてしまった。


「湖波が、閉じ込められて泣いているって、皆が騒いでいたから……」


「泣いてなんか……」

 と言いながら、ポロポロと涙が落ちてしまう。


 副社長が濡れた手で、私の頭を優しく引き寄せると、濡れたYシャツから肌の温もりが伝わり、副社長の胸の中で泣き出してしまった。


 スカートのポケットからの着信音に、ふと我に返り、慌ててスマホを耳に当てた。


『湖波。副社長行ったでしょ?』


「うん……」


『もう大丈夫ね。すぐ開くみたいだから』


「うん。ありがとう……」


『じゃあ。私は帰るから。頑張ってね』


「えっ、ちょ、ちょっと」

 私は声を上げたが、スマホは切れてしまった。


 隣では、副社長が何やらスマホを確認していた。


 びしょ濡れの姿に、慌てて薄暗い倉庫の中で在庫のタオルを探した。

 かろうじてあった、粗品のタオルを副社長に手渡した。


「ああ、サンキュー」

 副社長はタオルを受け取ると、ガサガサと頭を拭き始めた。

 まるで、お風呂上りの、リラックスした状態に、タオルを首に掛けた副社長の顔は穏やかで、三年前の彼と同じ顔をしているように思えた。


 何故だか私は副社長の顔に安心して、暗い倉庫の中の緊張がふっと解けた。
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