麗しき日々

私が、トイレから出ると、栗林さんの笑顔があった。


「大丈夫ですか? お怪我は?」

栗林さんは、涼しい笑顔でトイレから出てきた私に言う。


「どういう事ですか?」


「申し訳ありません…… 停電で、ID機能にトラブルが発生しまして」

栗林さんは、申し訳なさそうに言った。


 しかし……


「じゃあ、何故、副社長の一言でドアが開くのですか!」

私は、ついカッとなってしまった。


「それは、ただの偶然ですよ」

栗林さんは、変わらぬ涼しい笑顔で言った。


「じゃあ、コっ…」


私はコンドームと言いそうになって慌てて口をつぐんだ。


あの買い物袋は、栗林さんが用意した物のはず……

知らない訳がないが、恥ずかしくて口に出来ない。


「どうされましたか?」

 相変わらずの笑顔を向ける。

 栗林さんじゃダメだ……


「副社長は?」

 私は、問いただすように聞いた。


「お忙しい方ですから、お仕事に戻られました」


 栗林さんの笑顔は変わらない。


 くそっ―逃げられた!



「もう遅いです。車でお送りしますので、お帰り下さい」


「いえ! 一人で大丈夫です」

 私は頭を下げ、大股でその場を去った。

 副社長と栗林さん、あの二人はグルだ。



 ID機能にトラブルって? 

 そのわりにメンテナンスの人も居ないし、それどころか、社内は誰も居らず真っ暗だ……


 終電に間に合いそうも無いので、仕方なくタクシーを拾い家と向かう。

 落ち着きが戻ってくると、副社長が、三年前の事を覚えてくれていた事に胸が熱くなった。

 やっとお礼が言えた事も嬉しい…… 

 香も言っていたから、停電があったのは間違いないだろう…… 

 
 本当に心配で来てくれたのかもしれない……


 でも、なんか、どっか怪しい…… 

 あんまり信じない方がよさそうだ……


 副社長、一体、本当はどんな人なんだろう……
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