麗しき日々
「湖波。今、副社長と目が合わなかった?」
後ろから、コソコソと声を掛けてきたのは、同僚で社内でも仲の良い、一ノ瀬香(いちのせかおり)だ。
「ああ、香。おはよう。まさか、気のせいだよ。これだけ距離があるんだよ。あり得ないでしょ……」
「そうかな? 絶対、湖波を見たきがするだけどなぁ…… まあ、どっちにしろ、受付の西野明美には気をつけなよ。副社長狙いで、他の女子社員は近づけないって噂よ!」
香は嫌そうな表情で、明美の方へ目を向けた。
「そうなんだ……」
私もなんとなく明美へ目を向けた。
美人でスタイルもいい明美は、受付を通る社員達に笑顔を絶やさない。
嫌、よく見ていると、明らかに男性社員と女性社員とのスマイル度が違う気がする……
まあ、そんな事はどうでもいいが……
「湖波、営業の河合さんが湖波を飲みに誘え、ってうるさいんだけどさ、どうする?」
香は、ちょっと意味あり気な笑みを見せた。
「ええ! 適当に断っといてよ」
「またぁ。たまにはいいでしょ? 河合さん、社内でも人気のエリートだし、悪い人じゃないよ。湖波だって、可愛いって社内の男どもの間では人気あるんだからさ」
香は口を尖らせて言ったが……
「こんな地味な総務の私が、人気なんてある訳ないでしょ。私、総務にもどらなきゃ!」
逃げるように走り去ると、香の何か叫ぶ声が聞こえたが、ヒラヒラ手を振り気付かぬ振りをした。
河合さんは、時々声をかけてくるので面識はある。
悪い人だとは思わないが、なんか波長が合わないと言うか、ピンと来ない。
そうかと言って、好きな人がいると言う訳でも無いのだが……
ただ……
私の目の先に、エレベータから降りる副社長が目に入ってきた。
声を掛ける事どころか、存在すら気づかれていない事は分かっているのだが。