羽化

――と、そこまで書いて筆が止まってしまった。


うーん、どうしよう。

これちょっと、くさすぎるかな。

正直な気持ちなんだけど。

でもこの歳になって「心からの感謝」……ってのもなぁ。

あ、いや、でもそれをいってしまったら、たとえ遊びとはいえ、こんなことをこの歳になってやっているわたしたちはどうなるんだって話しなんだけどね。うーん。


わたしはぱたんと手元のノートを閉じる。

静かな夜、ひとりきりのマンションの一室でのその音は、思った以上に大きく響いたように感じられた。

一度後ろを振り返って、そしてやはり誰もいないのを認めてから、手を添えているノートに目を落とす。


「交換日記」。


表紙にはわたしの字でそう書かれている。

数秒それを眺めてから、わたしは溜め息ひとつ吐いてその場にごろんと横になった。

そしていつもの考え事をするときのポーズ、脚を伸ばして左足首の上に右の足首を乗せる、脚組みというには少し頼りない格好をして、天井を眺めた。


……あ、蛍光灯、そろそろ切れるか?


そんなことを考えるうち、そのまま少しだけまどろんでしまう。

気が付くと十二時前で、あわてて起きて続きを書く。



まったく、我ながら呑気なものである。

まぁ、この時のわたしはなにも知らなかったのだから、それも仕方がないのかもしれない。

二十四歳、八月のある晩に、なんだか赤裸々に綴ってしまった恥ずかしいそれが彼に読まれることはことはなく、この翌日、わたしは吉水貴司にふられた。

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