羽化

六月末。

梅雨明け宣言を待っていたかのように、堰を切ってセミたちが鳴き始めた。

わたしにとって、この声には特別な感慨があった。

貴司との交換日記を始めてから、ひと月と少し経ったある日のこと。

わたしはそれを記した。



わたしにとっての毎年夏の恒例行事。

何度もやってもいいし、一度しかやらないこともある。

いい大人がこんなことをしているのを見られるのは恥ずかしいから、わざわざ有給をとり、人気のない時間帯を狙って準備をする。

頭の上ではセミしぐれ。

その声に誘われて、わたしはまだ夏にはひと足早いというのにもうここへやってきてしまった。

場所は住んでいるマンションすぐ近くの公園。


――こりゃあ、今年は大漁かな。


なんて、わたしはその敷地内の隅に並んで植えられている桜の木の根もとを眺めながら考える。

視線の先にある地面には、親指をつっこんだくらいの小さな穴が、無数に空いている。

わたしの右手にはスコップ。

左手にバケツ。

頭には麦わら帽子。

体の露出しているところには日焼け止めだって忘れていない。

万全の装備だ。

わたしはさっそくその穴を品定めし始める。

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