羽化
夜になって。
寝室のカーテンを閉めきって、ありの巣穴ほどの光すら差し込まない暗闇をつくる。
冷房をつけず、天然加湿の熱帯夜をつくる。
そうすると“彼”は目覚めるのだ。
――いや、もしかしたら“彼女”なのかもしれないけれど、あいにくとその見分けがつくほど、知識がなかったから、ここは“彼”と呼ぶことにする――。
わたしの息づかいだけが聞こえる静かな室内で、本当に真っ暗だとなんにも見えないから、暗闇のなかをかすかにぼうっと照らす懐中電灯をつけ、その薄明るい焦点を“彼”へとむける。
もぞもぞ。
土でこしらえられたベッドから、ご起床。
バケツのへりを音もなくゆっくりと登っていく。
その終点までたどり着くと、すぐ隣に置かれているガジュマルの鉢へとうつり、その太い幹をまた、ゆっくりと登っていく。
なかなかいい場所が見つからないのか、“彼”はしばらく辺りをうろうろとする。
それをじっと見る。
体には汗をだらだらかきながら。
閉めきった暑苦しい部屋のなか、ミネラルウォーターに口を付けて耐え、その時をただじっと待つ。
そして、“彼”はけっきょくわざわざ木の幹を登ったにもかかわらず、その頭頂部付近の葉からカーテンへとうつって、そこに落ち着いた。