羽化
――ここからだ。
わたしは、もう毎年いやというほど見ていて、飽きるほどであるというのに、やはり高鳴る胸を抑えつつ、目の尻から涙みたいに垂れるこそばゆい汗を拭って、眺め続ける。
“彼”の背に徐々に、少しずつ、亀裂が入っていき、その内から、薄明かりに照らされてエメラルドに輝く、新たな身体を取り出してゆく。
茶色く古い身体から頭を取り出し、腹を取り出し、足を取りだして。
その様は、さながらフィギュアスケートのイナバウアーのごときで、身体の背を逸らし古い身体から自身が離れるのを耐えている。
それから、再び身をかがめると、空になったさっきまでの自分にしがみついて、新しく身に付いた部位、今はまだ皺だらけの羽が伸びるのをゆっくりと待つ。
時間と共に広がっていく羽は花びらのよう。
そうして馴染み、薄い透き通るグリーンの儚かったその姿は、少しずつだんだんと、確かなしたたかさを持ってゆく。
その様子、一連の動きすべてが、優雅で、でも不器用で、とても綺麗。
とても、美しいと感じるのだ。
わたしの夏の恒例行事。
それは、“彼”、セミの羽化を、ただ見ることだった。