羽化
あの後、和美は薄情にも帰ってしまったので、わたしは吉田とふたり、休憩スペースで、『あたたか~い』のカップコーヒー(砂糖多め)を買ってやり、
「吉田、そんな事情だったら今日休めばよかったのに」
と言って手渡した。
吉田はおずおずそれを受け取って、
「そんな私的な理由で休むなんてできません。そんなの、社会人としてダメに決まってるじゃないですか」
あ……言われちゃった。
「……まぁ、それはそうかもしれないけどさ。んー。無理すると保たないでしょ? こんなふうにいっぱいいっぱいで仕事したって、辛いだけでしょ? そういうのって、あんまり身体にもよくないと思うよ」
わたしがそう言うと、せっかく泣きやんでいた吉田は、またぽろぽろと泣き出した。
「あっ。ごめん、別に、吉田がんばってるって思うし、それを否定してるわけじゃなくって。えっと、自分をもっと大事にしないとって言いたかっただけなのね」
わたしの言は一向に吉田の涙を止められず、彼女はさらに声まで出してしゃっくりをしだした。
わたしはどうしていいかわからなくなって、「ごめん、ごめん吉田」と繰り返した。
そしてわたしがハンカチを手渡すと、コーヒーを持っていない方の手でそれを受け取り、
「い、石野さんはわるくないんです。あ、あたし、子どもだなって思って……。いしのさん、すごく大人だから、すごいなって……なんか、自分が、情けなくって……」
泣きながら吉田は、こんなことを言った。
「石野さんは、あ、たしより、……ふたつ年上なだけなのに、私、より……ずっと、いろいろ知ってて、かっこいいんです。私なんて……仕事じゃ、足引っ張るし、今だって、こんなふうに、……子どもみたいに泣いちゃって……ダサイですよ私……全部、うらめうらめ……」
吉田はまた声を出して泣いた。
もう人気のないオフィスに、このあいだまで学生だった女の子のすすり泣く声だけが響く。