羽化
こんな話をわたしがするのも変だが、監理課の吉水貴司は要領の悪い男である。
毎度小さな、それでいてなぜかわたしたちの部署に面倒が回ってくるミスを頻繁に起こす。
今回のミスにしたところで、会社の業績が傾きかねない、というほど大それたものではなくって、いわゆる「ちょっとした失敗」に分類されるものである。
本来課長が書くべき責任者名を、彼が軒並み自分の名前で書いてしまったものだから、それを訂正するために、ここ事務にて再び書類発行、記入のし直し――つまり訂正前のものの丸写し――するという、非常に面倒くさいわりに仕事としては全く成果のないものだったのだ。
とはいっても、小さなミスでも回数が続けば大きな責任となって本人に返るのは目にみえている。
さきほど吉田の言ったように、今回のこれで今年通算十八回。
小さなミスで済まされる回数ではない。
これでは誰でも、なぜ会社に残っていられるのかと疑問に思ってしまうだろう。
なぜ彼が生き残っていられるのか。
簡単な話だ。
いつもその「ミス」が本当は彼の責任でなく、そしてそんな些細なミスが霞むほどの成果を上げる、優秀者であるからだ。
たしかに要領は悪い。
こんなふうに毎度責任を押しつけられる損な役回りを自ら買って出るような人だ。
でも、仕事は早いし器用だし賢いし、それでいて人当たりもいいしで、どちらかというと、そんな欠点があってくれるところがむしろ愛嬌に感じられるらしく、彼の部署内では可愛がられている。
……いや、そうじゃない。
そのいい方は正確じゃない。
彼は、監理課になければならない人材なのだ。
――まぁ、それでもうちの課にとって彼の人格や能力なんて直接目の当たりにできるわけじゃないから、そんなものはまわってくる面倒には勝らない。
事情を知っているわたしはともかく、後輩の吉田が愚痴るのも無理もないといえば無理もなかった。
「まぁ、終わったらコーヒーくらいおごったげるから。そう拗ねずに、がんばろうよ」
への字にくくられた彼女の口はわたしのそのひと言でほころび、Uの字に変わった。
まったく、本当にわかりやすい子だ。