羽化
8
八月六日。午後。
わたしは会社へ行かず、自室のベッドの上で顔をくしゃくしゃにしていた。
もう、マスカラとかアイラインとかの話しではなかった。
馬鹿丸出しで、泣きじゃくっていた。
そうすると、不意にケータイが鳴った。
わたしは無様な道化師と成りはてたであろう顔を上げ、即座にそれを手に取った。
誰なのかなんて確認もしなかった。ただ――
「もしもし、たかし?」
――それだけを信じて。
『もしも……え? いえ、あの、私です……』
だが、わたしの期待は実ることなく、発信者の声は、後輩の吉田佳子のものだった。
「……あ、あ……吉田か。……ごめん。相手見ないで取っちゃって」
『いえ……、それより石野さん、大丈夫ですか?』
恐縮しながら話す吉田に、わたしは無理をして笑った。
「ごめんね、休んじゃって……。無断欠席だよ。うけるね。後輩に心配されちゃって」
『そんな、笑えることなんてなにもありません。身体が一番だって、石野さんも言ったじゃないですか!』
「ごめん。わたし……、しばらく休むかも。ちょっと課長に言っておいてもらえないかな。こんなの、吉田に頼んじゃって、悪いんだけど」
『そんな!』
「夏風邪こじらしちゃってね。うん。ちょっとまいっちゃった」
『嘘つかないでください!』
なにを根拠に言っているのか、吉田はわたしの嘘を即座に看破し、あまつさえ怒っている様子だった。