【完】V.I.P〜今宵、貴方だけの私になる〜

それからどれくらい経っただろうか。


コンコンと少し控えめなノック音。
気付けば、コーヒーを入れる時間はとっくに過ぎていた…。


私はハッとして、くしゃくしゃになったブラウスの胸元を整え直すと、それに応対する。


「はい、なんでしょう?コーヒーでしたら今…」

「綾小路、少し良いか…?って、凄い真っ青じゃないか。どうしたんだ…?」


彼の声が優しい音に変わった…。


私は泣きそうになる。


でも、声と共に伸びて来た手を避けるようにして後退ると、引きつった笑顔を浮かべた。


「…なんでしょう?」


私の声は思った以上に固かった。 
そんな私に、彼は溜息をついてから、


「午後のスケジュールをもう少し詰めて、帰宅時間を早めてくれ」


とだけ言うと、部屋から去ってしまう。

その背中に触りたくて…抱き付きたくて、手を伸ばそうとして…それは空を切ってだらんと落ちた。


一体、どうしたいのか、自分は。
あれだけ求めてくれた時に、その愛を拒んだくせに
、ほんの少し身を引かれただけで、気を向けたくて仕方がなくなって……。


でも。

こんな私の想いは、もう埋めてしまおう。
こんな恋は、遅過ぎた愛はしまってしまおう。


「………要人、さん…」

ぽつり、二度と呼ぶことのない彼の名前を呟き、深く椅子に座り込んだ。



< 87 / 127 >

この作品をシェア

pagetop