【完】V.I.P〜今宵、貴方だけの私になる〜
それからどれくらい経っただろうか。
コンコンと少し控えめなノック音。
気付けば、コーヒーを入れる時間はとっくに過ぎていた…。
私はハッとして、くしゃくしゃになったブラウスの胸元を整え直すと、それに応対する。
「はい、なんでしょう?コーヒーでしたら今…」
「綾小路、少し良いか…?って、凄い真っ青じゃないか。どうしたんだ…?」
彼の声が優しい音に変わった…。
私は泣きそうになる。
でも、声と共に伸びて来た手を避けるようにして後退ると、引きつった笑顔を浮かべた。
「…なんでしょう?」
私の声は思った以上に固かった。
そんな私に、彼は溜息をついてから、
「午後のスケジュールをもう少し詰めて、帰宅時間を早めてくれ」
とだけ言うと、部屋から去ってしまう。
その背中に触りたくて…抱き付きたくて、手を伸ばそうとして…それは空を切ってだらんと落ちた。
一体、どうしたいのか、自分は。
あれだけ求めてくれた時に、その愛を拒んだくせに
、ほんの少し身を引かれただけで、気を向けたくて仕方がなくなって……。
でも。
こんな私の想いは、もう埋めてしまおう。
こんな恋は、遅過ぎた愛はしまってしまおう。
「………要人、さん…」
ぽつり、二度と呼ぶことのない彼の名前を呟き、深く椅子に座り込んだ。