半透明のラブレター
第三章

超能力者

▼愛情表現──中野サエ

 十一月の、秋から冬へと移りゆく瞬間はなんだかとてもあっという間な気がして、気づいたら文化祭なんて、随分昔の思い出になろうとしていた。ほんの少し前のことなのに。いつもよりしんなりとしている街路樹は、朝の霧でより一層潤っているように見えた。葉はたっぷりと朝の空気を吸い込んでいる。
 私はその景色を見ずに全速力で通り過ぎ、人通りの少ない裏道を自転車で走り抜けていった。大体この県は寒くなるのが早過ぎるのだ。東京だったら、まだもうちょっとあたたかいだろうに。そうぐだぐだ思いながら進んでいると赤信号に当たってしまい、仕方なくブレーキをかけたけれど、車も人も全くいないこんな状況だったら、行っちゃってもいい気がする。でもそれは立派な信号無視なのでやめておいた。
 人通りが少ない道のくせして信号待ちが長過ぎるのだけれど、自転車通学にとって、人が溢れた表通りより、ずっと走りやすいのでこの道はよく利用している。あえて裏道のマイナス点を言うならば、夜通るにはちょっと危ないというところだ。街灯があまりないうえに、夜のお店のキャッチが盛んだったりする。
 私はぼうっと辺りを見回して信号が青に変わるのを待った。すると、ずっと遠くに男女の二人組がいることに気づいた。外壁に隠れて、何か口論している様子。後ろ姿だから表情はあまりよく分からない。確認できたのは男の人は黒い服を着ていて、スタイルがいいということくらいだ。まるで昼ドラの様な様子に野次馬根性が働いた私は、身を乗り出してその二人を凝視した。
 そしてサドルにヒジをかけたその瞬間、女の人が男の人に抱きついた。男の人は振り払うでもなく、抱き返すでもなく、ただ、人形のように動かずと立っていた。離れるのを黙って待っているのだろうか。それとも、抱きつかれてもなんとも感じていないのだろうか。そんなことを思っていると、突然、ふっとその男の人が私のほうに振り向いた。私は心臓が飛び跳ねるほどびっくりして、顔も確認しないまま全速力で自転車を漕いだ。

「へーっ、そんなことがあるんだねー」
 ざわざわと騒がしい教室の隅で、私と梓は机を向かい合わせて今朝の昼ドラ事件について真剣に話していたのだけれど、りさは興味がないのかずっとスマホでゲームをしている。
「そういえばあの辺の道、そういう夜関係の仕事の人、多いからねー。もしかしたら不倫だったのかもよ?」
 不倫と聞いて、りさも興味がわいたのか話に参加してきた。逆に私はなんだか大人な話についていけなくなってしまい、黙り込んでしまった。そのとき、ドサッと重い荷物を置く音がした。
「あ、おはよう、日向君」
 あいさつをした瞬間、私はギョッとした。日向君の顔が真っ青だったからだ。白い肌はいつもより透けていて髪の毛もぼさぼさで、もしかしたら起きてそのまま来たんじゃないかという風(ふう)貌(ぼう)だった。
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