半透明のラブレター
▼冬の空に──中野サエ

「サエ、今、あんた何時だと思ってんの!?」
 目を開けると、明るい光が差し込み、ぼんやりとした視界が徐々にはっきりとしていく。
「お墓参り今日だって知ってるでしょ? 翔(しょう)ちゃんとか、もうみんな来てるよ」
 もうみんな来てるよ、というお姉ちゃんの言葉に、私はガバッと布団から飛び起きた。心臓がドクドクいっている。恐る恐る時計に目をやると、もう短針は十のところを指していた。ちゃんと目覚ましセットしたはずなのに。
「いいからもう早く支度して! 言っとくけど朝ご飯食べさせてる時間ないからね!」
「はいすみません……」
 私は布団から出て適当に髪をとかし、手当たり次第に着替える服をクローゼットから引っ張り出した。そんな私に呆れたのか、お姉ちゃんは先にリビングへと下りていってしまった。
 こんな大事な日に寝坊だなんて最悪だ。まだお正月にもなっていないのに、冬休みボケしている自分はどこまで間抜けなんだろう……。自分を責めながらぶちぶちとパジャマのボタンを外していたら、突然荒々しくドアが開いた。そこにいたのは、学ランを着たいかにも中学生です、という感じの不良っぽい少年。もとい従兄弟(いとこ)。……ボタンを全開にしたまま固まった。
「おっせーんだよ、サエ。さっさと来い」
「あの……翔くん……今私、着替えてるんですが……。一応、女なんですが……」
「サエの裸なんか見たってなんとも思わねーし。いいから早く支度しろよ」
「す、すみません……うう」
 そんな言い方しなくたっていいんじゃないか。最近の中学生は本当にませている。恋人がいることも当たり前で、髪形もおしゃれで垢抜けていて、それが様になっているから恐ろしい。ああ、あの幼き日のかわいい翔君は一体どこへ……。そう嘆きながら上のパジャマを脱ごうとした瞬間、突如枕が吹っ飛んできた。
「バカじゃねぇの、俺がいんのに普通に脱ぐなっ」
「どっちなの!」
 矛盾にも程がある……。だって今さっき“サエの裸なんか”とか言っていたじゃないか。最近の中学生はやっぱり分からん……。
 翔君は、結局、バタンとドアを閉めて下りていってしまった。絶対、翔君が来なければ、とっくに着替え終わってたのに、と思った。玄関を出ると、シルバーのミニバンから渉(しょう)子(こ)さん――従兄弟のお母さん――が顔を出していた。こんな大人数でお墓参りだなんて、おじいちゃん幸せ者だな、と思った。いつもより澄んでいて透明な空が、果てしなく続いている。じっとそれを見つめていると、吸い込まれてしまいそうな気がして、少し足がふらついた。車の中に入ると、私は誘導されるがままに翔君の隣に座った。
「うわ、なんだよお前、ちけぇーよ」
「狭いからしょうがないでしょ……」
「翔の近親相(そう)姦(かん)ー」
「うるせぇ、兄貴!」
 翔君兄弟の口ゲンカを聞き流しながら、私はぼんやりと窓の外を見つめていた。薄いブラウンの窓には、水色の冬空が鮮明に映り込んでいる。なんとなく、日向君のことを思い出した。二学期が終わる直前の様子がおかしかったから、少し気になる。私、なんかしたかな……。お礼の気持ち、ちゃんと伝わってたかな……。今こうしていられるのは日向君のお陰だよ。
「いい天気ね」
 しばし空想にふけっていたら、ささやくように渉子さんが呟いた。助手席に座っているお母さんも、静かに、そうね、と言った。
 ――去年もそうだった。おじいちゃんの命日は、晴天だった。雲ひとつない、薄い水色の空。まるで、おじいちゃんの瞳の色によく似ていると、ぼんやり思った。
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