半透明のラブレター
▼優しい温度──日向佳澄
またね、と焦ったように言った中野の表情が、頭から離れない。胸が押しつぶされるような思いだった。もう会っちゃいけないって、そう決めたばかりなのに、何を考えているんだろう。俺は、ひたすら自分のことを非難し続けた。顧問と中野が二人でいるだけで、嫉妬している自分が、恥ずかしくて情けなかった。どうして二人でいたかは分からないけれど、あのとき、なぜか中野が遠く感じられた。中野が、俺のものだったらいいのに、と強く思った。
……でも、中野の隣に俺はいてはいけない。俺の場所は、多分一生ここだ。まるで自分に暗示をかけるかのように、店を見上げた。
やっと辿り着いたそこは、闇に溶け込んでいるかのように見えた。中野と別れてからほんの少ししか経っていないのに、辺りはもう黒に近い紺色で、電飾がうっとうしいほどに光っている。この店の周辺では、クリスマスとか関係なしに、毎日こんな風景だ。眩暈(めまい)がするほどの雑音と、汚い人間の欲望に溺れそうになり、俺は慌てて店に入った。
「佳澄。どうした今日は遅かったな」
店に入った瞬間、街の雑音が全て消えた。
「早く着替えちまえ。もう開店するぞ」
宮本さんは遅刻したのにとくに怒る様子もなく、早く着替えるよう俺を促した。まるで外の雰囲気と違う店内は、もう何人かのバイトの人が掃除をしている。俺は、それらをしばらく見てから、決心したように重い口を開いた。
「宮本さん、ちょっと話あるんだけど……」
「……着替えたら聞いてやる」
香水の香りの染みついた黒シャツに着替えながら、俺はこれから話すことを必死に整理した。……怒鳴られるなんて百も承知だ。でも、これ以外に答えが見つからない。着替え終えた俺は深く息を吐いてから、宮本さんの元へと近づいた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「……宮本さん、俺、高校やめるって言ったらどうする?」
真っ直ぐに宮本さんを見て言った瞬間、妙な沈黙がフロアに漂った。宮本さんは、目を見開いて驚いている。
今まで宮本さんに育ててもらったも同然なのに、なんて親不孝なんだろうか、俺は。でも、本当にこれ以外見つからなかったんだ。中野を守る方法が。
「……本気で、言ってるのか」
宮本さんは深くため息をつき、額に拳を当てた。眉間にしわを寄せたその表情は、苦渋と困惑に満ちている。もう何回目だろう。こうして大切な人に迷惑をかけるのは。
しばしの静寂の中、沈痛な面持ちで、宮本さんはやっと口を開いた。
「……理由は、言えないのか」
またね、と焦ったように言った中野の表情が、頭から離れない。胸が押しつぶされるような思いだった。もう会っちゃいけないって、そう決めたばかりなのに、何を考えているんだろう。俺は、ひたすら自分のことを非難し続けた。顧問と中野が二人でいるだけで、嫉妬している自分が、恥ずかしくて情けなかった。どうして二人でいたかは分からないけれど、あのとき、なぜか中野が遠く感じられた。中野が、俺のものだったらいいのに、と強く思った。
……でも、中野の隣に俺はいてはいけない。俺の場所は、多分一生ここだ。まるで自分に暗示をかけるかのように、店を見上げた。
やっと辿り着いたそこは、闇に溶け込んでいるかのように見えた。中野と別れてからほんの少ししか経っていないのに、辺りはもう黒に近い紺色で、電飾がうっとうしいほどに光っている。この店の周辺では、クリスマスとか関係なしに、毎日こんな風景だ。眩暈(めまい)がするほどの雑音と、汚い人間の欲望に溺れそうになり、俺は慌てて店に入った。
「佳澄。どうした今日は遅かったな」
店に入った瞬間、街の雑音が全て消えた。
「早く着替えちまえ。もう開店するぞ」
宮本さんは遅刻したのにとくに怒る様子もなく、早く着替えるよう俺を促した。まるで外の雰囲気と違う店内は、もう何人かのバイトの人が掃除をしている。俺は、それらをしばらく見てから、決心したように重い口を開いた。
「宮本さん、ちょっと話あるんだけど……」
「……着替えたら聞いてやる」
香水の香りの染みついた黒シャツに着替えながら、俺はこれから話すことを必死に整理した。……怒鳴られるなんて百も承知だ。でも、これ以外に答えが見つからない。着替え終えた俺は深く息を吐いてから、宮本さんの元へと近づいた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「……宮本さん、俺、高校やめるって言ったらどうする?」
真っ直ぐに宮本さんを見て言った瞬間、妙な沈黙がフロアに漂った。宮本さんは、目を見開いて驚いている。
今まで宮本さんに育ててもらったも同然なのに、なんて親不孝なんだろうか、俺は。でも、本当にこれ以外見つからなかったんだ。中野を守る方法が。
「……本気で、言ってるのか」
宮本さんは深くため息をつき、額に拳を当てた。眉間にしわを寄せたその表情は、苦渋と困惑に満ちている。もう何回目だろう。こうして大切な人に迷惑をかけるのは。
しばしの静寂の中、沈痛な面持ちで、宮本さんはやっと口を開いた。
「……理由は、言えないのか」