イジワル騎士団長の傲慢な求愛
けれど、百八十度変わってしまった父親の態度を、セシルは素直に受け止めていいものか迷っていた。

「で、ですが、それではローズベリー家は……」

「爵位は一度、我が弟へ預けようと思う。しかし、弟も子を持たぬ身。お前たちが最良の伴侶と出会い、子を生せば、いずれはその子たちがローズベリーの名を受け継いでくれるだろう」

この国では爵位の複数継承が認められている。セシルとシャンテルが嫁いだとしても、その嫁ぎ先の家とローズベリー家、両方の名を受け継ぐことができる。

「なに、わしも弟も、お前たちが世継ぎを立派に育てあげるまでは、しぶとくこの世にしがみついて見せようぞ。さすれば、ローズベリー家は消滅せずに済む」

目尻に皺を寄せて、微笑むように伯爵は瞳を細める。
これほど体を弱らせても、セシルが幼い頃に見ていた堂々たる父の風格は、消えていない。

「……セシル。この書状の送り主が、お前の心に決めた相手なのだろう。迷うことはない。愛する者のところへいきなさい」

どうやらフェリクスがすべてをぶちまけてしまったらしい。
当のフェリクスは知らぬ存ぜぬといった顔で伯爵に頭を垂れている。

「もうお前を縛る足枷はない。自由にするがいい」

「……ですが……お父様……」

「突然自由と言われても、困ってしまうか? 今までさんざん縛りつけるだけの人生を送らせてきたからな」

伯爵はわずかに考えて、再び毅然とした瞳をセシルに向けた。

「ならばセシル。新たな命題をやろう。フランドル家に嫁ぎ、世継ぎを産みなさい」

それは命題などではない。そうすることがセシルにとって一番の幸せなのだと、伯爵は確信しているのだ。
初めてその身に感じる、父の優しさと愛情。セシルの瞳にじわりと涙が滲む。
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