初恋マニュアル
シンと静まり返ったお店の中で、水の流れる音だけがひびきわたっていた。



「……だってさ、どうする?孝弘」



羽生くんのみょうに冷静な声が聞こえてくる。



「丸山はちゃんと今の自分の気持ち言ったよ?孝弘は?どうなの?」



--えっ?どういうこと?



「俺は……」



三浦くんがそこで言葉をつまらせると、洗い物をしていた早苗さんが水道の蛇口をキュッとしめた。



「ねぇ、孝弘くん?もし、俊弘のことで自分が幸せになっちゃいけないとか思ってるんだったら、それちがうからね?」



「姉さん……」



「俊弘はあなたに幸せになってほしいって思ってるはずだよ?私に遠慮してるならもっとちがうから。そんなことされても全然うれしくない。私も俊弘と同じように孝弘くんには幸せになってほしいって思ってる」



いつの間にか私のそばに来ていたらしい愛里が、そっと私の頭をなでる。


それから小さな声で「ごめんね?」とささやいた。


それでわかった。さっきから感じていた違和感。


羽生くんも愛里も早苗さんも、私と三浦くんのためにお芝居してたんだとわかる。


私にもう一度三浦くんに告白させて、それから三浦くんがまた言い訳できないように、早苗さんの前でわざと羽生くんが問いただしてたんだって。


資格がないとか、そんなこと言わせないための作戦。それがきっと今日の目的だったんだ。



「女の子に二度も告白させといて、まだぐだぐだ言うつもりじゃないよね?」



愛里がダメ押しにそう言うと、三浦くんはそっと目をふせた。


「でも……俺……」


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