MAZE ~迷路~
「すいません。鎌倉の寺院めぐりを主とした本を探しているんですが・・・・・・。」
 智が言うと、店員は少し疲れた表情を浮かべながら、智の事をみつめた。
「寺院めぐりですか?」
 店員は聞き返すと、智のことを見つめた。
「あ、実は、祖母が鎌倉の寺院めぐりをしたいといって本を探しているんですが、並んでいるものはどちらかと言うと、若い人向きのものばかりで・・・・・・。」
 智が言うと、店員は無言のまま頷き、しばらく考え込んでから、『ちょっとお待ちください』とだけ言って、店の更に奥のほうへと消えていった。
 しばらくしてから戻ってきた店員は、色の変りかけた古い二冊の本を手に戻ってきた。
「ちょっと目的と違うかもしれませんが、寺院の詳しい案内だったら、これなんかいかがですかね?」
 店員は言いながら、智に二冊の本を手渡した。
 一冊は、仏像彫刻の鑑賞を主とした本で、どこの寺院にどのような仏像が納められているかといったことが細かく記されていた。
 もう一冊の本は、神社仏閣などの写真を撮る人向きの本だった。
「そうですね。」
 ぱらぱらと本をめくってみた智の目に、寺院の連絡先一覧が目に入った。もともとは、花見頃や、行事の確認をするために添えられている連絡先のリストだったが、数ページに渡り住所と電話番号が書いてあった。
「こちらの方を頂きます。」
 智は言うと、仏像彫刻の本を店員に返した。
「最近は、こういった本は人気がないんですよね。良い本なのに。」
 店員は寂しそうに言うと、智から受け取った本を片手に、再び店の奥へと消えていった。
 智は、本を片手に、旅行案内書の棚の前で頑張っている美波のもとに戻って行った。


「美波、良いのあったよ。」
 智が言うと、美波は『鎌倉の寺院と花めぐり』という特集を組んだ案内書に目を通していた。
「こっちは、どれもこれもって感じ。」
 美波は言うと、案内書を棚に戻した。
「違った目的のために書かれた本だけど、連絡先一覧があるから、とりあえずこれにしよう。これだけいっぱいあれば、上手くすれば、ヒットするよ。」
 智はいうと、本を片手にレジに向かった。
 美波は、無言で智の後ろに続いた。

☆☆☆

 部屋に着くと、美波は連絡先一覧の寺院名とにらめっこを始めた。
「聞いたことあるの。一度、なんだったかで、ティンクと話したの。結構有名なところで、ほら、家もお墓が鎌倉にあるから。でも、有名なんだけど、すっごくじゃなかったんだよね。」
 美波は支離滅裂なことを口にしながら、ソファーの肘かけに背中をくっつけ、横向きに座るいつものポーズでリストの名前に何度も目を通した。
 智は美波のためにお茶を煎れると、ソファーの所まで持っていった。
「美波、無理しなくていいよ。どうせ、電話かけるんだから。」
 智は言うと、美波にお茶の入ったカップを手渡し、代わりに本を受け取った。
「ところで、病院の名前と、だいたいの住所わかるかな?」
 智はメモを用意しながら問いかけた。
「わかると思う。」
 美波は言うと、古い記憶を頼りに住所を書いた。
「近江(このえ)病院と、誰か亡くなった人とかわかる?」
「ティンクのおじいさん、亡くなったよ。ずいぶん前、えっと、ティンクと私が会った頃かな。『大先生』って呼ばれてたよ。」
 美波は、さらりと答えた。
「それは使えそうだね。」
 智は頭の中を整理しながら、カップに手を伸ばした。
「さて、はじめるか。」
 智はお茶を一口飲んでから、受話器を手に取った。
 リストの最初のページに並んでいるのは、ある程度、知名度のある寺院ばかりで、問い合わせに対する対応も丁寧だった。
 智が『年老いた祖母が大先生のお墓に一度お参りさせていただきたい』と言っていると告げると、大抵のところは『近江家の墓』が存在するかしないかだけは教えてくれた。
 もちろん、中にはとても秘密主義のお寺もあり、先方にご確認くださいといって電話を切られてしまうこともあった。
 リストの一ページ目を終了したところで、智は美波がつけてくれたマークにもう一度目を通した。
「まずまずかな。あるって教えてくれたところと、教えてくれなかったところは後日まとめて回るとして・・・・・・。ところで、近江家は一つしかないって聞いたのは、いつごろ?」
 智の問いに、美波はちょっと考え込んだ。
「ええっと、イギリスに行く前だから、かなり前。もちろん、事件の前。」
「ってことは、今は、他の近江家の墓があるかもしれないわけだ。」
 智は言いながら、『多数ある』と教えてくれた寺院と、『ひとつだけ』と答えてくれた寺院を見比べた。
一つだけと言う寺院が、今のところ数件なのと、多数あるところも一件なのを考え合わせると、多数あるって言うところは可能性が少ないかもしれないと、智は思った。
「絢子さんの家は、結構、古い家柄だって行ってたよね。そうすると、その頃までお墓が一つって事は、一族みんなでそのお墓に入ってるって事だよね。そうすると、たくさんあるってのは、はずしてもいい気がする。絢子さんのために新しいお墓を作ったとは思えないからね。」
 智が言うと、美波も頷いて見せた。
「残りのページは、おいおいかけていくよ。わかり次第、美波に連絡する。それでいいかな。」
「ありがとう。智。」
 美波は言うと、智の胸に顔をうずめた。
「疲れた?」
「ううん、智が一生懸命に助けてくれるのが嬉しいの。」
 美波が言うと、智は美波をしっかりと抱きしめた。
「美波が喜んでくれるんなら、それが一番。」
「ありがとう。」
 美波は言うと、智の体に手を回した。
「夕飯は、何食べたい?」
 智は言うと、美波の背中を軽くなでてから、片付けを始めた。
 美波の書いてくれたメモを本に挟むと、智は本を人目につかない引き出しにしまった。
「この部屋には、いつ敦が攻めて来るかわからないからね。」
 智が言うと、ソファーにもどった美波が笑い返した。
「送っていくよ。お母さんが心配するし、おなかも減ったからね。」
 智は言うと、美波の手をとって立ち上がらせた。
「智は何が食べたい?」
 美波は、靴を履きながら問い返した。
「中華かイタリアン。」
 智は火の元を確認しながら返事をした。
「じゃあ、中華ね。」
 美波が言うと、智は笑顔で頷いた。

(・・・・・・・・この一件を乗り越えれば、きっと美波は知り合った頃の、明るく幸せな美波に戻ってくれる。そりゃ絢子さんの死を乗り越えるのは大変な事だろうけど、でも、美波だってお墓を自分の目で見たら、納得するはず・・・・・・・・)

 智はそう考えると、美波の後に続いて部屋を後にした。

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