MAZE ~迷路~
『私があの角を曲がったら、それ以上後を追わずに、そのまま走り去るって約束して・・・・・・。』
最後の抱擁とキスを交わす二人に、智は自分の気持ちが高ぶっていくのを感じた。
(・・・・・・・・言いたい。敦には悪いけど、美波ちゃんに伝えたい。友情も大切だけど、愛はもっと大切だ・・・・・・。でも、敦を裏切りたくない・・・・・・。でも、伝えたい・・・・・・・・)
エンディングを見つめながら、智は思い切って美波の手を握り締めた。
驚いたのか、美波は智のことを見つめた。
「僕と付き合って欲しい・・・・・・。」
智が言うと、美波はきょとんとした表情を浮かべた。
「付き合うって、結婚したいって言う事?」
今まで日本語の理解能力に問題があるようには感じられなかった美波だったが、智は明らかに意思の疎通がはかれていないのを感じた。
「いや、恋人として・・・・・・。」
智が言うと、美波は驚いた表情で智の事を見つめ返した。
「えっ、智さんって、いつも不特定多数の女性とこうして毎週末でかける約束したりしてるの?」
美波の言葉には、非難しているような響きが込められていた。
「ちょっと待って、僕は・・・・・・。」
慌てる智を置いて、美波は席を立った。
「敦に迎えに来てもらいます。」
美波は言うと、映画館の出口に向かって歩き始めた。
映画の終わった後の館内はごった返し、小柄な美波はすぐに人ごみにまぎれてしまった。
「ちょっと待って、敦に殺されるよ・・・・・・。」
智は言いながら、美波の後を追った。
やっとの事で美波に追いついた智は、出口の手前で美波の腕を掴んで引き止めた。
「ちょっと待って、敦に来てもらうのは構わないから、その前に、もう一度話を聞いて!」
智は言うと、美波の手を引いて近くの喫茶店に入った。
「ここなら電話もあるし、敦が来るまで時間つぶせる。だから、ちゃんと話し聞いてくれる?」
智の言葉に、美波は居心地の悪そうな表情を浮かべながら、智の向かいに腰掛けていた。
「僕は敦から、美波ちゃんは敦と付き合ってるって聞かされてたから。美波ちゃんも、僕とは敦の友達として付き合ってくれてるんだと思ってたんだ。」
智が言うと、美波は目をまあるく見開いて智の事を見つめた。
「僕がさっき言ったのは、僕と真剣に、結婚を前提に付き合って欲しいってことで・・・・・・。」
それ以上、言葉が見つからなかった智は、そこで言葉を切った。
「私、ずっと智さんと私は付き合ってると思ってたから・・・・・・。向こうにいる間もずっと手紙くれたし、帰ってきてからもずっと一緒で・・・・・・。」
美波の言葉に、智は自分がいかに鈍感な男かを再認識した。
「じゃあ、もし、僕が結婚して欲しいって言ったら?」
言ってしまってから、智は自分が馬鹿な賭けに出てしまったことを感じた。
(・・・・・・・・俺、どうかしてる。絶対、勢いで言って良い事じゃないのに・・・・・・・・)
智は自分を責めたが、一度、口から出た言葉は取り返す事は出来なかった。
「すぐに返事くれなくても良いんだ。」
智は必死に繕おうとしたが、美波は真剣な瞳で智の事を見つめていた。
「本当に?」
美波の問いに、智は無言のまま何度か頷いて見せた。
「いいわ。」
かみ合わない会話の中で、智は一瞬、美波の返事の意味が理解できなかった。
「えっ!?」
沈黙の後、美波の『いいわ』という言葉が、智のプロポーズに対する答えだと気がついた智は声をあげた。
智の声に、美波は少し頬を赤くした。
「あっ、ごめん。あの、ああ、馬鹿だ。こんなロマンチックじゃない場所で・・・・・・。」
智は言うと、がっくりと頭を下げた。
「今度、もう一度ちゃんと申し込むから。」
智の言葉に、美波は少し笑って見せた。
☆☆☆
「智、聞いてるのか?」
敦の言葉に、智はふと我に返った。
「悪い、ちょっと昔の事を思い出してた。」
智は言うと、コーヒーを煎れるために立ち上がった。
「コーヒー、飲むだろ?」
智の言葉に、敦は頷いて見せた。
「話してくれてありがとう。これで、今まで知らなかった、分からなかった美波の事が分かるようになったよ。」
智は言うと、コーヒーの入ったカップを敦に手渡した。
「インスタントで悪い。」
敦はカップを受け取ると、何も言わずに一口飲んだ。
「美波の煎れてくれるコーヒーはおいしいぞ。・・・・・・これからも飲みに行くからな。」
敦の言葉に、智は笑って見せた。
それから二人は、特に何も話すことなく、敦はコーヒーを飲み終えると静かに帰って行った。
☆☆☆
いつものテラスで美波を待っていった智は、未だに事実を美波に伝えるべきか悩んでいた。敦から秘密を聞き出しては見たものの、結局のところ、美波に伝えるべきかを悩み続け、何も聞き出せないような振りをしてごまかしていた。そんな智に疑いを持ったのか、美波が智に答えを迫ってきたのは、秋の声が聞こえてきた頃だった。
このことが一段落しない限り、予定されていた結婚式は無期限延期のままで、予定通り結婚式を挙げたいという智の希望とは裏腹に、結婚式の夢はどんどん遠くなっていっているような気がしてならなかった。
事実を伝えることによって、美波の心の重荷を取り除く事が出来るなら躊躇する事はないのだが、新たな重荷を加える可能性があるとすれば、それはなんとしても避けたい事だった。
美波はテラスで待つ智を見つけると、手を振りながら歩いてきた。
「お待たせ。」
美波が言うと、智は条件反射で椅子から立ち上がった。
「寒かったら、中に入ろう。」
言ってみたものの、美波はしっかりテラスの椅子に腰をおろした。
「もう夏も終わっちゃったね。」
美波は言うと、顔なじみのウェイトレスに合図を送り、いつものハーブティーを注文していた。
「美波、本当に知りたいの?」
智は言葉を選びながら問いかけた。
しかし、美波の表情は凍りついたようで返事をしなかった。
注文したハーブティーが運ばれ、一口飲んでから、美波はまっすぐに智の瞳を見つめた。
「知りたいわ。このままじゃ、結婚とか、私の幸せなんて事は考えられないの。」
美波が言うと、智は大きく息を吐いた。
「ティンク、生きてるんでしょう? どこにいるの? 病院? みんなで隠してるのは、意識がないから? 事件、ううん事故の後、眠ったままなの?」
畳み掛けるようにして言う美波に、智は頭を横に振って見せた。
「絢子さんは殺されたんだ。もう、生きてない。」
「嘘よ!」
智の言葉に、美波は言うと頭を横に振った。
「わたし。私、ティンクの声を聞いたのよ。間違いないわ。ティンクは生きてるのよ。」
取り乱した美波の様子に、智は胸の痛みを感じた。
「美波、この事をみんなが隠していたのは間違いだったかもしれない。でも、みんな美波のことを心配して、それで黙っていたんだ。絢子さんを殺したのは、絢子さんの恋人で、その男は自殺して・・・・・・。」
智の言葉に、美波の顔が蒼ざめ引きつり始めた。
「嘘よ。ティンクは生きてるわ。それをみんなで隠しているのよ。」
美波の言葉に、今度は智の顔が引きつる番だった。敦の苦痛に満ちた言葉が、智の耳にこだましているように感じた。
「美波、絢子さんも、それから、相手の男性も亡くなったんだ。」
智は言い聞かせるようにして、美波に話しかけた。
「残念だけど、絢子さんが生きているかもしれないって話は、何も聞き出せなかった。それから、お墓の場所は、知らせてもらってないらしい。」
「死んでないから、お墓がないのよ。」
美波は言うと、智の事を見上げた。
「智もティンクが死んだと思う?」
突然の問いに、智は返事に窮した。
「そう言われても、会った事もないし。最初から亡くなったって聞かされてたから、急に言われても困るよ。ただ、生きているって考える事は難しいな。」
智がやっとの事で言うと、智の手を美波が掴んだ。
「もし、智もティンクが死んだと思うのなら、一緒にお墓を探して。お墓を見つけられたら、私も納得するから。」
冷たく冷えきった、美波の手がしっかりと智の手を握っていた。
「お墓を探すって言っても・・・・・・。」
智は言うと、口ごもった。
「ティンクの苗字は近江だから・・・・・・。」
続ける美波の言葉を慌てて智はさえぎった。
「ちょっと待った。まさか、手当たり次第にお寺に電話をかけて確認するつもりじゃ・・・・・・。」
「そうよ。」
美波は得意げに言うと、智に笑って見せた。
「美波、日本中にいったい幾つお寺があると思ってるんだ?」
智は言うと、美波の事を見つめた。
「たくさんあると思うけど、ティンクから聞いたことがあるの。鎌倉にお寺があるって。」
美波は、得意げに言った。
「鎌倉ね。密度が高い地域だね。」
智は言うと、美波の事を見つめた。
「でもね、関東ではそんなに多い苗字じゃないって。たしか、そのお寺にはティンクの家のお墓以外はないって言ってた気がする。」
既に計画を立ててきている美波に、智は諦めて協力する事にした。
「美波、じゃあ約束してくれ。お墓が見つかって、事実を確認する事が出来たら、ちゃんと予定通りに式を挙げる。それから、調べる間は絶対に無理をしない。約束してくれるかな?」
さすがに、絢子が死んでいる事を確認したらとは言えず、智は言葉を選びながら言うと、美波の返事を待った。
「わかった。そうしたら、ティンクを探すの諦める。」
そう言って俯く美波の肩を智は抱き寄せた。
「俺に出来る事なら、なんでも協力するよ。」
智は言うと、伝票を手に立ち上がった。
「お母さんのいるところじゃ、電話かけられないだろ。」
智の言葉に、美波は少しだけ笑って見せた。
智の部屋に向かう途中、美波と智は近くの書店に足を向けた。
「後は、どうやってお寺を探すかだね。」
智は言いながら、旅行案内の本に目を走らせた。しかし、店頭に並んでいるものはほとんどが、デートコースやグルメを基本にして書かれたものばかりで、どれも美波と智の目的には会わないものばかりだった。
「ちょっと、店員さんに聞いてくるよ。」
智は言うと、店の奥の方で在庫の整理をしている店員のところに歩いていった。
最後の抱擁とキスを交わす二人に、智は自分の気持ちが高ぶっていくのを感じた。
(・・・・・・・・言いたい。敦には悪いけど、美波ちゃんに伝えたい。友情も大切だけど、愛はもっと大切だ・・・・・・。でも、敦を裏切りたくない・・・・・・。でも、伝えたい・・・・・・・・)
エンディングを見つめながら、智は思い切って美波の手を握り締めた。
驚いたのか、美波は智のことを見つめた。
「僕と付き合って欲しい・・・・・・。」
智が言うと、美波はきょとんとした表情を浮かべた。
「付き合うって、結婚したいって言う事?」
今まで日本語の理解能力に問題があるようには感じられなかった美波だったが、智は明らかに意思の疎通がはかれていないのを感じた。
「いや、恋人として・・・・・・。」
智が言うと、美波は驚いた表情で智の事を見つめ返した。
「えっ、智さんって、いつも不特定多数の女性とこうして毎週末でかける約束したりしてるの?」
美波の言葉には、非難しているような響きが込められていた。
「ちょっと待って、僕は・・・・・・。」
慌てる智を置いて、美波は席を立った。
「敦に迎えに来てもらいます。」
美波は言うと、映画館の出口に向かって歩き始めた。
映画の終わった後の館内はごった返し、小柄な美波はすぐに人ごみにまぎれてしまった。
「ちょっと待って、敦に殺されるよ・・・・・・。」
智は言いながら、美波の後を追った。
やっとの事で美波に追いついた智は、出口の手前で美波の腕を掴んで引き止めた。
「ちょっと待って、敦に来てもらうのは構わないから、その前に、もう一度話を聞いて!」
智は言うと、美波の手を引いて近くの喫茶店に入った。
「ここなら電話もあるし、敦が来るまで時間つぶせる。だから、ちゃんと話し聞いてくれる?」
智の言葉に、美波は居心地の悪そうな表情を浮かべながら、智の向かいに腰掛けていた。
「僕は敦から、美波ちゃんは敦と付き合ってるって聞かされてたから。美波ちゃんも、僕とは敦の友達として付き合ってくれてるんだと思ってたんだ。」
智が言うと、美波は目をまあるく見開いて智の事を見つめた。
「僕がさっき言ったのは、僕と真剣に、結婚を前提に付き合って欲しいってことで・・・・・・。」
それ以上、言葉が見つからなかった智は、そこで言葉を切った。
「私、ずっと智さんと私は付き合ってると思ってたから・・・・・・。向こうにいる間もずっと手紙くれたし、帰ってきてからもずっと一緒で・・・・・・。」
美波の言葉に、智は自分がいかに鈍感な男かを再認識した。
「じゃあ、もし、僕が結婚して欲しいって言ったら?」
言ってしまってから、智は自分が馬鹿な賭けに出てしまったことを感じた。
(・・・・・・・・俺、どうかしてる。絶対、勢いで言って良い事じゃないのに・・・・・・・・)
智は自分を責めたが、一度、口から出た言葉は取り返す事は出来なかった。
「すぐに返事くれなくても良いんだ。」
智は必死に繕おうとしたが、美波は真剣な瞳で智の事を見つめていた。
「本当に?」
美波の問いに、智は無言のまま何度か頷いて見せた。
「いいわ。」
かみ合わない会話の中で、智は一瞬、美波の返事の意味が理解できなかった。
「えっ!?」
沈黙の後、美波の『いいわ』という言葉が、智のプロポーズに対する答えだと気がついた智は声をあげた。
智の声に、美波は少し頬を赤くした。
「あっ、ごめん。あの、ああ、馬鹿だ。こんなロマンチックじゃない場所で・・・・・・。」
智は言うと、がっくりと頭を下げた。
「今度、もう一度ちゃんと申し込むから。」
智の言葉に、美波は少し笑って見せた。
☆☆☆
「智、聞いてるのか?」
敦の言葉に、智はふと我に返った。
「悪い、ちょっと昔の事を思い出してた。」
智は言うと、コーヒーを煎れるために立ち上がった。
「コーヒー、飲むだろ?」
智の言葉に、敦は頷いて見せた。
「話してくれてありがとう。これで、今まで知らなかった、分からなかった美波の事が分かるようになったよ。」
智は言うと、コーヒーの入ったカップを敦に手渡した。
「インスタントで悪い。」
敦はカップを受け取ると、何も言わずに一口飲んだ。
「美波の煎れてくれるコーヒーはおいしいぞ。・・・・・・これからも飲みに行くからな。」
敦の言葉に、智は笑って見せた。
それから二人は、特に何も話すことなく、敦はコーヒーを飲み終えると静かに帰って行った。
☆☆☆
いつものテラスで美波を待っていった智は、未だに事実を美波に伝えるべきか悩んでいた。敦から秘密を聞き出しては見たものの、結局のところ、美波に伝えるべきかを悩み続け、何も聞き出せないような振りをしてごまかしていた。そんな智に疑いを持ったのか、美波が智に答えを迫ってきたのは、秋の声が聞こえてきた頃だった。
このことが一段落しない限り、予定されていた結婚式は無期限延期のままで、予定通り結婚式を挙げたいという智の希望とは裏腹に、結婚式の夢はどんどん遠くなっていっているような気がしてならなかった。
事実を伝えることによって、美波の心の重荷を取り除く事が出来るなら躊躇する事はないのだが、新たな重荷を加える可能性があるとすれば、それはなんとしても避けたい事だった。
美波はテラスで待つ智を見つけると、手を振りながら歩いてきた。
「お待たせ。」
美波が言うと、智は条件反射で椅子から立ち上がった。
「寒かったら、中に入ろう。」
言ってみたものの、美波はしっかりテラスの椅子に腰をおろした。
「もう夏も終わっちゃったね。」
美波は言うと、顔なじみのウェイトレスに合図を送り、いつものハーブティーを注文していた。
「美波、本当に知りたいの?」
智は言葉を選びながら問いかけた。
しかし、美波の表情は凍りついたようで返事をしなかった。
注文したハーブティーが運ばれ、一口飲んでから、美波はまっすぐに智の瞳を見つめた。
「知りたいわ。このままじゃ、結婚とか、私の幸せなんて事は考えられないの。」
美波が言うと、智は大きく息を吐いた。
「ティンク、生きてるんでしょう? どこにいるの? 病院? みんなで隠してるのは、意識がないから? 事件、ううん事故の後、眠ったままなの?」
畳み掛けるようにして言う美波に、智は頭を横に振って見せた。
「絢子さんは殺されたんだ。もう、生きてない。」
「嘘よ!」
智の言葉に、美波は言うと頭を横に振った。
「わたし。私、ティンクの声を聞いたのよ。間違いないわ。ティンクは生きてるのよ。」
取り乱した美波の様子に、智は胸の痛みを感じた。
「美波、この事をみんなが隠していたのは間違いだったかもしれない。でも、みんな美波のことを心配して、それで黙っていたんだ。絢子さんを殺したのは、絢子さんの恋人で、その男は自殺して・・・・・・。」
智の言葉に、美波の顔が蒼ざめ引きつり始めた。
「嘘よ。ティンクは生きてるわ。それをみんなで隠しているのよ。」
美波の言葉に、今度は智の顔が引きつる番だった。敦の苦痛に満ちた言葉が、智の耳にこだましているように感じた。
「美波、絢子さんも、それから、相手の男性も亡くなったんだ。」
智は言い聞かせるようにして、美波に話しかけた。
「残念だけど、絢子さんが生きているかもしれないって話は、何も聞き出せなかった。それから、お墓の場所は、知らせてもらってないらしい。」
「死んでないから、お墓がないのよ。」
美波は言うと、智の事を見上げた。
「智もティンクが死んだと思う?」
突然の問いに、智は返事に窮した。
「そう言われても、会った事もないし。最初から亡くなったって聞かされてたから、急に言われても困るよ。ただ、生きているって考える事は難しいな。」
智がやっとの事で言うと、智の手を美波が掴んだ。
「もし、智もティンクが死んだと思うのなら、一緒にお墓を探して。お墓を見つけられたら、私も納得するから。」
冷たく冷えきった、美波の手がしっかりと智の手を握っていた。
「お墓を探すって言っても・・・・・・。」
智は言うと、口ごもった。
「ティンクの苗字は近江だから・・・・・・。」
続ける美波の言葉を慌てて智はさえぎった。
「ちょっと待った。まさか、手当たり次第にお寺に電話をかけて確認するつもりじゃ・・・・・・。」
「そうよ。」
美波は得意げに言うと、智に笑って見せた。
「美波、日本中にいったい幾つお寺があると思ってるんだ?」
智は言うと、美波の事を見つめた。
「たくさんあると思うけど、ティンクから聞いたことがあるの。鎌倉にお寺があるって。」
美波は、得意げに言った。
「鎌倉ね。密度が高い地域だね。」
智は言うと、美波の事を見つめた。
「でもね、関東ではそんなに多い苗字じゃないって。たしか、そのお寺にはティンクの家のお墓以外はないって言ってた気がする。」
既に計画を立ててきている美波に、智は諦めて協力する事にした。
「美波、じゃあ約束してくれ。お墓が見つかって、事実を確認する事が出来たら、ちゃんと予定通りに式を挙げる。それから、調べる間は絶対に無理をしない。約束してくれるかな?」
さすがに、絢子が死んでいる事を確認したらとは言えず、智は言葉を選びながら言うと、美波の返事を待った。
「わかった。そうしたら、ティンクを探すの諦める。」
そう言って俯く美波の肩を智は抱き寄せた。
「俺に出来る事なら、なんでも協力するよ。」
智は言うと、伝票を手に立ち上がった。
「お母さんのいるところじゃ、電話かけられないだろ。」
智の言葉に、美波は少しだけ笑って見せた。
智の部屋に向かう途中、美波と智は近くの書店に足を向けた。
「後は、どうやってお寺を探すかだね。」
智は言いながら、旅行案内の本に目を走らせた。しかし、店頭に並んでいるものはほとんどが、デートコースやグルメを基本にして書かれたものばかりで、どれも美波と智の目的には会わないものばかりだった。
「ちょっと、店員さんに聞いてくるよ。」
智は言うと、店の奥の方で在庫の整理をしている店員のところに歩いていった。