英雄は愛のしらべをご所望である

胸ぐらを掴まれたままのシルバが、ふんっと鼻で笑った。
体勢だけで見ればシルバの方が虐げられているのに、表情は明らかにウィルの方が苦しげだ。


「黒き英雄の再来と言われる男が、ざまぁないな。自分自身とも向き合えず、感情のままに動いていたら、全て失うぞ」


いつもは穏やかな茶色の瞳がすーっと細められ、冷たい言葉が遠慮なくウィルを突き刺す。
反射的に服を掴む力が強まったウィルを現実に戻したのはーー


「店の中で何してるの」


感情の読めない、ひどく平淡なセシリアの声だった。

びくりと微かにウィルの腕が震える。
そして、ゆっくりとシルバの胸ぐらから手は離され、ウィルはどさりと椅子に腰を下ろした。

ウィルの視界の端で、セシリアがシルバに近づいていくのがわかる。


「シルバさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとう。それより、騒がしくしてごめんね」
「いえ、それは気になさらないでください」


顔色を確認するようにセシリアがシルバの顔を覗きこむ。
ウィルに向けていた表情とは正反対の穏やかな笑みを浮かべて見せたシルバに、セシリアはホッとしたようだった。

そんな二人のやり取りからウィルはそっと視線を外した。
< 105 / 133 >

この作品をシェア

pagetop