英雄は愛のしらべをご所望である
「理由……聞かないのか?」
「え?」
「あ、いや……なんでもない」
セシリアは驚いたように目を僅かに見開いていたが、ポロリと口から溢れ出た言葉に一番驚いていたのは、ウィル自身だった。
これではまるで聞いてほしいと言っているみたいじゃないか。
理由を聞かれて困るのはウィル自身で、答えられるはずもないというのに、何故そんなことを口走ったのか、ウィルにもわからない。
ウィルは再びグラスを口元に運んだ。
その時、セシリアがクスリと小さな笑い声をこぼした。チラリとウィルはセシリアを盗み見て、動きを止める。
「聞いたって教えてくれないくせに」
笑い声に混じったその言葉は、決してウィルを責めているものではなく、ただ知っている事実を述べているだけのものだった。
だけど、言葉よりもウィルの思考を独占したのは、セシリアの見せる柔らかな微笑みで、昔から見てきた表情のはずなのに、ウィルはセシリアから目が離せなくなる。
セシリアの色素の薄い髪が、ライトの光で輝きを放っているような錯覚に陥り、藤色の瞳がより鮮やかに見えてくる。
微かに色づく頬も、柔らかそうな唇も、女性らしくなった立ち姿も、何故か妙に意識してしまう。