英雄は愛のしらべをご所望である
セシリアの視線の先で、ウィルの手がゆっくりと動き出す。
骨ばった大きな手は、誰にも見られないようにするためなのか、テーブルよりも下の高さで止まり、どこかを指差した。

何がしたいのかわからず、セシリアは首を傾げる。そんなセシリアの様子に、ウィルが若干肩を落としたように見えた。

今度は、ウィルの指先が動く。薄暗いため、はっきりとはわからないが、ウィルはステージの方を指差しているようだ。


「ステージ? が、どうしたんだろう」


思わずセシリアの口から疑問の言葉が溢れる。

やはり、八年も間があくと、アイコンタクトだけでは会話できないのか、と先ほど吹っ切ったはずの悲しみがセシリアの心を締め付けた時、ウィルの口元が僅かに動いた。

二人の距離を考えると、当然、ウィルの声は聞こえない。いや、聞こえないとわかっているから、ウィルも音にはしていないだろう。

パクパクと動く薄い唇が、何とも色っぽい。何だか見ているだけで恥ずかしくなってきて、セシリアの顔に熱が集まる。

けれど、ここで目を逸らしてはウィルの伝えたい事がわからない。せっかくのチャンスを無駄にしてなるものか、とセシリアはウィルの口元に集中した。

一回では理解できてないとウィルもわかったのか、もう一度、今度は先程よりもゆっくり口が動かされる。


「あ……い、お? ……み? え、ろ?……あっいお、みてろ? あっ! あっちを見てろ! って、え!?」


ウィルの指差す方とウィルの顔を何度か往復した後、セシリアは思わず顔を両手で覆い隠した。

ウィルはセシリアにステージを見ろ、と言っているのだ。つまり、自分がウィルをずっと見ていた、とバレていたということである。

もしかしたら、シルバは泣いていたのではなく、そのことに気づいて笑いを堪えていたのか。
そう気づいた瞬間、セシリアは恥ずかしすぎて、どこかに逃げてしまいたくなった。

だが、現実はそんなに甘いものではなく、無情にもラルドの演奏は終わり、セシリアはドクンドクンと嫌な音を立てる心臓を抱えながら、籠を手に持ち、客の間を練り歩かねばならないのであった。
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