英雄は愛のしらべをご所望である

「……そこまでセシリアが言うのなら、お言葉に甘えさせてもらおうか」


入り口付近に立ったままだったウィルが、固さを残しながらも苦笑いを浮かべテーブルに近づいて来るのを見て、セシリアは内心ホッとした。

心配だったとはいえ、余りにも強引な手段をとったからだ。

ウィルは入店した瞬間から様子がおかしかった。苛立ったような空気を纏い、表情も険しく、仲の良い同僚にまで噛みつく始末。

シルバとウィルの間で何があったかは知らないが、あまり感情を表に出さないウィルが人目を気にせず店内で他者に怒りをぶつけるなんて、ただ事ではない、とセシリアは思ったのだ。

誘拐事件など、解決していない問題もあるし、英雄の再来として皆に注目され続けている状況にもストレスを感じているのではないか。

でも、セシリアには解決する手だてがない。
自分にできることってなんだろうか。短い時間に頭をフル回転させてたどり着いた答えが、周りの目を一時的にでも消し去ることだった。

セシリアならばウィルをウィルとして見ることができる。場所だって提供できる。食事だってだ。

なにか困っていることがあるのなら、悩んでいることがあるのなら、話してほしい。
そうは思うけど、悲しいことにウィルとセシリアの立っている場所は違いすぎる。

話を聞いてあげることはできても、ウィルの求める答えを導き出せる自信はないし、きっとウィルもわかっているはずだ。
ならば、せめて落ち着ける空間をつくってあげたい。
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