英雄は愛のしらべをご所望である

当然、この状況にセシリアは混乱した。

固い胸板に押し付けられ、身動きは取れないし、少しでも動こうものなら締め付けが強まる。
大方、大きな抱き枕といったかんじだ。

頭の上から聞こえるのは、スースーという可愛らしい寝息。
これは完全に夢の世界へ落ちている。

勘弁して、とセシリアは心の中で途方にくれた。
こんな状態では身体がもたない。いや、心ももたない。

バクバクと今にも破裂しそうなほど脈を打つ心臓を押さえることすらできない状況で、セシリアができる抵抗などあるはずもない。

結局、セシリアはウィルの手が離れるのを待つしかないと諦めた。
意識して大きく息を吸い込み、冷静さをかき集める。

次第に身体の火照りが落ち着き始めると聞こえてきたのは、ウィルから伝わってくるトクントクンという穏やかな心音だった。

ウィルは随分とリラックスしているようだ。
セシリアにとっては予想外の状態となってしまったが、『ウィルを休ませてあげる』という最重要課題は達成された。

なんだかなぁ、とセシリアの肩から力が抜ける。

きっとウィルはセシリアを女として意識していない。
寝惚けているからといって、ウィルは見ず知らずの女を抱いて寝るなんてことをするタイプではないだろう。

第一、ウィルはセシリアだと確認していた。
もはや、それが答えではないか。
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