英雄は愛のしらべをご所望である
「もう行くの? 早いね」
「外泊届けを出してないからな」
「それは……まずそうだね」
「あぁ。なかなかまずい」
事情を知らない人が聞けば誤解を招きそうな会話を淡々と交わす。
それが可笑しくて、セシリアは笑いを溢す。
セシリアが何を思ったのかわかっているのか、いないのか。
つられるようにウィルも口許を緩めた。
「案内するわ」
そう言って、セシリアは昨日と同じ服の裾を翻し、部屋を出る。
ウィルも黙ってセシリアの後についてきた。
ギシギシと階段が鳴る。
暖かい季節といえど、太陽もまだ登っていない朝は少し肌寒い。
だけど、空気はよく澄んでいて、ドアを開けたセシリアは大きく息を吸い込んだ。
「今日も天気が良さそう。練習日和だわ」
空を仰いだセシリアの隣にウィルが並び立つ。
「……セシリアは店で演奏しないのか?」
「うーん。師匠にまずは認めてもらわなきゃね。そのためにもっと頑張るわ!」
明るいセシリアの声にウィルは「そうか」とだけ答えた。
暫しの沈黙が二人の間に流れる。
その空気を断ち切ったのはウィルだった。