英雄は愛のしらべをご所望である

「……彼、帰ったの?」


落ち着きはらった高い声がセシリアにかけられたのは、空が淡い色を帯びた頃だった。
部屋に戻る気にもなれず、薪になる前の大きな木に座り込んで、ボーッとしていたセシリアは背後を見る。

もう誰がいるのかは声でわかっていた。


「おはよう、リリー。もうパンの仕込みを始める時間なんだね」
「ええ」


リリーの朝は早い。いや、店のオーナーであるリリーの両親もだ。

店自体は夕方からの開店だが、従業員が少ないせいか、料理の仕込みを始める時間がとても早いのだ。
セシリアとラルドはしなくてよいと免除されているが、皆、昨夜も遅くまで働いているのだから頭が上がらない。


「昨日は我が儘言ってごめんね。師匠の対応まで任せちゃって」
「いいのよ。持ちつ持たれつ。こういうのはお互い様よ」


そう言って近づいてきたリリーは、セシリアの隣にある木に腰を下ろした。
リリーだって暇な訳じゃない。それでも隣に来てくれたということは、それだけ気にしてくれているという証拠でもある。

本当にみんな優しいな、とセシリアは思わずにはいられなかった。
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