英雄は愛のしらべをご所望である
「言っておくが、セシリアと俺は『腐れ縁』だ」
「っ!? ウィル!」


声のした方へ振り返ると、そこには僅かに眉間に皺を寄せ、頭を抱えるようにして立つウィルだった。
遠くにいたはずのウィルが、すぐ側まで来ていたことに気づいていなかったセシリアは驚きを隠せない。一方、シルバは気づいていたのだろう。驚いた様子もなく、ウィルに声をかけている。


「お勤めご苦労様」
「お前も仕事をしろ、シルバ」
「してるだろう? セシリアさんだって、立派な住民だ」


ねっ? とシルバに笑いかけられ、セシリアは曖昧に笑って返す。
というか、セシリアはそれどころじゃないのだ。手を伸ばせば届く距離にいるウィルに、何故か緊張してしまっている。

騎士服のせいもあるかもしれない。遠くで眺めている分には感じられなかったが、私服で会った時よりも大人の男というかんじで、そわそわと落ち着かないのである。


「あの……ウィル」


シルバに向けられていた黒い瞳にセシリアの姿が映る。


「……元気?」
「ああ」


何言ってんのよー! とセシリアは心の中で自分自身につっこんだ。
この前の店で会った時も同じ事を聞いたばかりである。シルバとは普通に話せたというのに、一番話したい人とは会話が続かない。

そんなセシリアを見兼ねたのか、シルバがウィルに話を振る。


「そういえば、さっきの。腐れ縁って何だよ」
「そのままだが」
「いやいや、『運命』の方がロマンチックでいいだろう」


シルバの主張を聞いたウィルがじーっとセシリアを見る。それはもう、穴が空くのではと思うほどに。
セシリアはすーっと目を逸らした。

二人の様子をシルバは不思議そうに見る。


「貴方は私の英雄様なのね」
「は?」


突然ウィルが口にした言葉を理解できず、シルバは間抜けな声を上げた。


「やっぱり私達は運命で結ばれてるわ」
「お、おい」


ウィルが壊れた、とシルバは本気で思った。真顔で言うから余計に恐ろしい。


「運命のーー」
「だぁぁああああ!」


ウィルの言葉は、悲鳴に近い声にかき消される。それと同時に、ウィルは言葉を発する事ができなくなった。物理的な理由でである。


「もう勘弁して」


ウィルの口を両手で塞ぎ、若干声を震わせて懇願したのは、顔を真っ赤に染め上げたセシリアだった。
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