英雄は愛のしらべをご所望である
ウィルは本当に優しかったけれど、セシリアには時々意地悪だった。特に、現実ではあり得ないような事を口にした時や『運命』という言葉には敏感に反応していたような気がする。

悔しくてセシリアは言い返していたが、いつもならばめんどくさそうに折れてくれるウィルも、この時だけは引いてくれず、喧嘩になったこともしばしばあった。

もしかしたら、そういう言葉をよく発するのがセシリアばかりだったからなのかもしれないが、自分にばかり突っかかってくるウィルに対して意地悪だとセシリアは感じることがあった。

この八年ですっかり忘れていたことである。


「ウィルは立派な騎士様になったのだと思っていたけれど、変わらないところもたくさんあるのね」
「……人はそう簡単には変わらない」


そう言ったウィルの表情が少し寂しそうに見えて、セシリアは不安そうにウィルの顔を覗き込む。


「ウィル?」


ウィルは何かを変えたくて村を出て騎士を目指したはずだ。実際、セシリアが見ただけでも、ウィルを取り巻く環境もウィル自身も変わっているように思える。

それでもなお、ウィルは現状に満足できていないのだろうか、とセシリアは不思議に思った。
けれど、その疑問をセシリアが口にすることはなかった。

ウィルは覗き込んできたセシリアから視線を外すように目を伏せると、掴まれたままだった袖からセシリアの手を外すように腕を自分の方へと引き寄せる。
自分の手の中から去っていく騎士服の袖を、セシリアは名残惜しげに見送った。
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