英雄は愛のしらべをご所望である
「雨が降りそうだ。気をつけて帰れ」
「あ、うん。ウィルもお仕事頑張って」


セシリアは意識して笑顔をつくる。だが、ウィルはもうすでにセシリアに背を向け歩き出していた。


「それじゃあね、セシリアさん。またお店に遊びに行くよ」
「はい。お待ちしてます」


ウィルの後を追うように小さく手を振って去って行くシルバに、セシリアは軽く頭を下げる。

少しずつ小さくなっていく背中を、セシリアは人混みに消えるまで見送り続けた。
昔と変わらない彼の面影を見つけて、少し近くに彼を感じたのも束の間、現実に引き戻されるように、彼との距離を見せつけられているようだった。


「ふぅ……帰ろう」


ゆっくりと振り返り、セシリアは彼らと反対方向へ歩き出す。なんだか身体が心に引っ張られて重たく感じられるけれど、セシリアは気づかぬフリをして、歩く速度を懸命に上げた。


「帰ったらドーナッツを食べよう。二つとも食べてしまおう」


己を奮い立たせる言葉が虚しく響く。

雨が降り出したのは、セシリアがエデンに着く直前。少しだけ雨に当たったセシリアがまず最初に考えたのは、ウィルが雨に当たっていないかどうかだった。
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