英雄は愛のしらべをご所望である
一度大きく伸びをしたラルドは、ふらりとベッドから降りる。セシリアが用意していた水桶に近づき、バシャバシャと顔を洗ったラルドは、女性が化粧などで使うドレッサーの前にストンと腰を下ろした。
黙って見守っていたセシリアは、彼が屋敷へ行く準備をはじめるのだと悟り慌てて近寄った。引っかかることのない艶やかな赤髪に、セシリアは丁寧に櫛を通す。


「……セシリアはどうしてハープ奏者になりたいのかな?」


ラルドからの突然の問いかけに、セシリアは一瞬手を止めた。


「ハープの演奏が好きだから、でしょうか」


母親のようなに上手になりたい。
演奏を聴いた人の喜んだ顔が見たい。
もっとハープを知りたい。

よくよく考えてみれば、自分はとても単純な人間だな、とセシリアは思った。
セシリアの回答を聞いたラルドが、ふっと力が抜けたように笑う。


「セシリアらしいね」
「そ、そうでしょうか?」


何だか恥ずかしくて、セシリアは頬を染めた。髪を掬うスピードが上がる。


「……少し羨ましいよ」
「え?」
「僕はそんな純粋なものじゃないから」


ピタリと動きを止めたセシリアは鏡ごしにラルドの顔を見た。目が合っているはずなのに、どこか遠くを見つめているようなラルドの瞳に言いようのない不安が襲ってくる。


「し、師匠?」
「あぁ、ごめん。心配しないで。別に悪い意味じゃないから。僕は単純に生きるためだったってこと。」


ラルドはなんて事はないとでも言うよに、いつもと変わらない優しい笑みを浮かべていた。
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