英雄は愛のしらべをご所望である
黒髪の少年
ライズ王国は、大きな大陸の北東に位置し、国の半分が海に面した貿易の国である。国旗にも、王族の紋章にも太陽が描かれているのは、大陸の中で一番最初に太陽を拝められるからと言われているが、歴史が長いため真実かはわからない。
そんなライズ王国の南西には高い山々が連なるトヤット山脈があり、セシリアはその麓にある、リャットという名の小さな村で生まれ育った。
主に農業を生業にしている者が多いリャット村で、セシリアの父は小さな学校を開き、教師をしていた。そのため、セシリアは他の子よりも字が読め、数の計算もできた。
そして、セシリアの母は、村に一つだけある孤児院のお手伝いをしていた。まだ幼かったセシリアも母に着いて孤児院に通う。
そこで出会ったのが、ウィルだった。
いつも庭にある大きな木の下で本を開いている黒髮の少年。子供達が走り回っていようと、気にすることもなく本に視線を落としているその様子は、セシリアより三歳年上だと知っても尚、不思議に見えた。
でも、セシリアがウィルに興味を持ったのは、その落ち着いた姿が不思議だったからではない。
伏せられた瞳を縁取る長い睫毛、高く通った鼻、いつも結ばれている唇。そのどれもがウィルを物語の王子様のように飾り付ける。
そう、ウィルは誰もが振り返るほどの美男子だったのだ。
そして何よりセシリアの視線を釘付けにしたのは、サラサラと風に揺れる黒い髪と意志のこもった黒い瞳。
ライズ王国で知らぬ者はいない、黒き英雄と同じ髪と瞳の色をウィルは持っていた。
セシリアは英雄伝説に登場する黒き英雄が大好きだった。子供でもわかるように絵本にされた英雄伝説を、何度も読み返し、『英雄の唄』を歌いたいがために母からハープを習うくらいに。
だからと言って、開口一番が「貴方は私の英雄様なのね!」というのはいただけなかったと、セシリアは今でも悔やんでいる。
その時のウィルの返しが「違うに決まってる」という、夢見る年下の女の子に対しては冷たすぎる言葉だったことを思い出すと、さらに泣けてくるのだが。
ウィルはあまり感情を表に出さない子供だった。口数も少なくて、勘違いされることも多かった。
けれど、ウィルは誰よりも優しい人だとセシリアは知っている。
走り回っていて転んだ子供がいれば、すくっと音もなく立ち上がり、転んだ子供を立たせ、体に着いた土を払いおとしてやるし、喧嘩だって負けやしない。その喧嘩だって、他の孤児がいじめられそうなのを守ろうとしてやったことだ。
それに、セシリアの拙いハープの演奏を文句を言うことなく聞いてくれる。これに関しては、セシリアが勝手にウィルの隣に座り、弾き始めるからなのだが、ウィルが場所を移動することはないので、聞いてくれているのだとセシリアは勝手に判断している。
本や家のこと、昨日あった取り留めもない出来事など、いつも何かと話しているセシリアと、たまに頷き返すだけのウィル。はたから見れば、噛み合っているのかわからない二人だが、セシリアはウィルと一緒にいるのが大好きだった。
その頃には、髪や瞳の色がどうこうなど関係なく、ただただウィルの隣が心地よく、ウィルとずっと一緒にいたいと思っていた。
これがセシリアにとっての初恋だ。
そんなライズ王国の南西には高い山々が連なるトヤット山脈があり、セシリアはその麓にある、リャットという名の小さな村で生まれ育った。
主に農業を生業にしている者が多いリャット村で、セシリアの父は小さな学校を開き、教師をしていた。そのため、セシリアは他の子よりも字が読め、数の計算もできた。
そして、セシリアの母は、村に一つだけある孤児院のお手伝いをしていた。まだ幼かったセシリアも母に着いて孤児院に通う。
そこで出会ったのが、ウィルだった。
いつも庭にある大きな木の下で本を開いている黒髮の少年。子供達が走り回っていようと、気にすることもなく本に視線を落としているその様子は、セシリアより三歳年上だと知っても尚、不思議に見えた。
でも、セシリアがウィルに興味を持ったのは、その落ち着いた姿が不思議だったからではない。
伏せられた瞳を縁取る長い睫毛、高く通った鼻、いつも結ばれている唇。そのどれもがウィルを物語の王子様のように飾り付ける。
そう、ウィルは誰もが振り返るほどの美男子だったのだ。
そして何よりセシリアの視線を釘付けにしたのは、サラサラと風に揺れる黒い髪と意志のこもった黒い瞳。
ライズ王国で知らぬ者はいない、黒き英雄と同じ髪と瞳の色をウィルは持っていた。
セシリアは英雄伝説に登場する黒き英雄が大好きだった。子供でもわかるように絵本にされた英雄伝説を、何度も読み返し、『英雄の唄』を歌いたいがために母からハープを習うくらいに。
だからと言って、開口一番が「貴方は私の英雄様なのね!」というのはいただけなかったと、セシリアは今でも悔やんでいる。
その時のウィルの返しが「違うに決まってる」という、夢見る年下の女の子に対しては冷たすぎる言葉だったことを思い出すと、さらに泣けてくるのだが。
ウィルはあまり感情を表に出さない子供だった。口数も少なくて、勘違いされることも多かった。
けれど、ウィルは誰よりも優しい人だとセシリアは知っている。
走り回っていて転んだ子供がいれば、すくっと音もなく立ち上がり、転んだ子供を立たせ、体に着いた土を払いおとしてやるし、喧嘩だって負けやしない。その喧嘩だって、他の孤児がいじめられそうなのを守ろうとしてやったことだ。
それに、セシリアの拙いハープの演奏を文句を言うことなく聞いてくれる。これに関しては、セシリアが勝手にウィルの隣に座り、弾き始めるからなのだが、ウィルが場所を移動することはないので、聞いてくれているのだとセシリアは勝手に判断している。
本や家のこと、昨日あった取り留めもない出来事など、いつも何かと話しているセシリアと、たまに頷き返すだけのウィル。はたから見れば、噛み合っているのかわからない二人だが、セシリアはウィルと一緒にいるのが大好きだった。
その頃には、髪や瞳の色がどうこうなど関係なく、ただただウィルの隣が心地よく、ウィルとずっと一緒にいたいと思っていた。
これがセシリアにとっての初恋だ。