英雄は愛のしらべをご所望である
貴族の催し物は基本的にとても長い。それは、ラルドからも聞かされていたので、ある程度覚悟もしてきた。
しかし、どんなに聞き耳を立てていても、賑やかな音は小さくなる気配がなく、本当の使用人ではないセシリアは待ち疲れをしていた。暇を持て余していると言っても良い。


「ちょっとくらい、いいよね?」


そんなわけで、セシリアはこそこそと廊下を抜け、屋敷の裏庭へと足を運んでいた。
村出身のセシリアは、一般的な女性よりも少し活発すぎるふしがあり、子供時代は親の目を盗み悪さをすることがとても得意であった。そのためか、貴族の屋敷とは言え、誰もいない廊下をこっそり抜けることなど朝飯前である。


裏庭といっても屋敷が大きい分、とても広く立派なものだった。屋敷の窓から漏れる明かりが、薄っすらと庭の草花を照らし出し、手入れが行き届いていることが一目でわかる。
セシリアは誰もいないのをいい事に、ふらふらーっと庭の奥へ足を向けた。様々な種類の花が夜風に吹かれて揺れている。きっと太陽の下で見れば、より美しく見えることだろう。

だが、月の光で見る花もまた格別だ。陰影が植物の形をより引き立て、朧気に浮きでる色合いが、視線を引きつける。


「ふふふーー、独り占めね」


こんなにも整った庭を見る機会など滅多に訪れない。頭に焼き付けようと目を凝らすセシリアの視界の端で何かが動いたのと、セシリアの身体が下へと引っ張られるのは同時であった。
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