英雄は愛のしらべをご所望である
男達はセシリア達に気づいていないようで、今だに話を続けている。
せっかく会えたのだからウィルともっと話したいと思っていたセシリアは、早く立ち去ってくれないか、と男達の声に耳をすます。そんなセシリアの耳が知っている名前を拾った。


「そういえば、どっかの飲み屋で歌っている男も呼んだんだってな。なんだっけ……ラルドって言ったか? ほんと、お嬢様は顔のいい男が好きだな」
「んなこと今更だろ? あの騎士も呼んだらしいぞ。『黒き英雄の再来』とか言って持て囃されてる男だよ」


セシリアの肩がピクリと揺れる。恐る恐る顔を上げたセシリアの目には、顔色一つ変えていないウィルの姿が映った。


「あいつ、俺らと同じ平民出身らしいぞ」
「へぇー……そんで貴族様に呼ばれて、ほいほい尾っぽ振ってやって来たわけか」
「まぁ、顔を売るチャンスだしな。国を救ったとか賞賛されてっけど、結局は有名になりたいだけよ」


セシリアは無意識に地面を思い切り踏みしめる。
ただの世間話だなんて思えなかった。ウィルのことを何も知らないくせに、勝手なことばかりを言っている男達に怒りがこみ上げる。

セシリアだってウィルが何故騎士を目指したのか、はっきりとした理由は知らない。それでも、優しく使命感のあるウィルの事だから、きっと何らかの強い想いがあるはずなのだ。
あんな風に馬鹿にしたように言われるなんて、セシリアは許せなかった。

セシリアの頭の中は、男達への文句でいっぱいだった。その勢いのまま立ち上がろうとしたセシリアの腕を、大きな手が引き止める。

ハッとしたセシリアの視線の先には、黒い瞳を真っ直ぐ向けてくるウィルがいた。
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