英雄は愛のしらべをご所望である
夜風が先ほどまでより肌に刺さる。唇の震えは寒さのせいだけではない気がするが、セシリアはぐっと唇を噛み誤魔化した。

ふるりと小さく体を揺らしたセシリアの前に手が差し出される。大きく、剣で出来たのだろうまめの潰れた跡が固くなっている手だ。
そんな掌を見ただけで、昔との違いが頭をよぎる。


「身体が冷えたか? もう戻るぞ」


ウィルの声から心配の色を見つけ、セシリアは僅かに表情を歪めた。こんな時でも、やっぱりウィルは優しいのだ。
考えれば考えるほど、ウィルに好かれるようなことなどしていない自分に、どうして昔も今も優しくしてくれるのか。

泣いていい立場ではないとわかっているのに、セシリアは熱くなっていく目頭をうまく誤魔化せず、うつむきながら喉を鳴らす。
そんなセシリアの頭にそっと手が置かれ、優しい手つきで撫でられた。


「……セシリアは何も悪くない。これは俺の問題だから」


聞こえるか聞こえないかの瀬戸際のような小さく掠れた声に、セシリアは勢いよく顔を上げた。


「私、ウィルを苦しめてきたでしょう?」


無知で無邪気だったなんて言葉では片付けられないとセシリアは思う。
ウィルはいつだって黙ってセシリアを受け入れてくれたけれど、三歳年上とはいえ幼い少年に変わりはないのだ。ウィルは何を思って、受け入れてくれていたのだろうか。

セシリアが口にした問いだって、結局は自分の心を守るためでしかない。そうわかっていて口にする自分の弱さと、今までどれだけウィルに頼ってきたのかがよくわかり、セシリアはすぐさま後悔した。


「そんなことはない」


案の定、ウィルはセシリアに救いの言葉をくれる。こんな質問ではウィルの本心などわかるはずかないのに。
なぜなら、今までだってわかっていなかったのだから。

< 38 / 133 >

この作品をシェア

pagetop