英雄は愛のしらべをご所望である
コロコロと変わる表情は手に取るように感情を伝えてきて、ちょこまかと動けば何かと問題を起こす。
泣き虫の癖に負けず嫌いで、妄想癖が強くお喋りのくせに変なところで抑え込む。

記憶に残る幼いセシリアと暗い庭園で見たセシリア。彼女はたしかに変わったのだろう。ウィルが費やした八年は、セシリアにもあったのだから。
それでもーー


「変わらない」


セシリアも。そして、ウィル自身も。どんなに変わりたいと願っても、人は簡単に変われない。


「そうかな? 八年も会っていなかったんだから、かなり変わってるだろう。それでもまだ妹扱いか?」


話の流れで少し勘違いしているシルバの言葉を訂正することもなく、ウィルは真っ直ぐ廊下の先を見据える。


『まぁ、そんなわけで安心してください。僕、これでも君より大人だから』


セシリアの師匠だというラルドの声が、ウィルの頭の中で何度も繰り返される。どんなに剣を振っても頭の片隅に残り続ける言葉。

ラルドがウィルの事情を知っているはずはない。実際、ラルドはウィルよりも十歳程年上だろう。
それでも、その言葉は違う意味となってウィルの見たくないものをあぶり出す。子供のまま変わらない自分の情けないところを。


「……あいつ、いつから見てたんだ」
「え? なんて言っーー」


ボソリと呟かれたウィルの声は、突然騒がしくなった廊下の声に掻き消された。
ウィルとシルバはハッとしたように背筋を伸ばし、足の運ぶスピードを上げる。

バタバタと騎士達が慌ただしげに廊下をかけていく。先ほどまでの穏やかさなど見る影もない。

ウィルは目の前を通り過ぎようとした男の腕を掴み、引き止めた。思いもよらぬ方向へ引っ張られ体勢を崩した男は、ウィルの顔を見ると、あからさまに表情を歪める。


「何があった?」


謝罪も労わりもないウィルの態度に男は更に顔を険しくする。しかし、男も時間が惜しいのか、腕からウィルの手を払い落とすと、睨みつけるようにウィルと視線をぶつけた。


「また女性の誘拐事件が発生した」
「なに?」
「これで被害者は三人だ」


そう言うと、男はウィルに引っ張られたことでよれた騎士服の皺をのばし、その場を去っていく。


「……王都で何が起こってる?」
「ウィル、ひとまず隊長のところに行こう」


唖然とした様子で男の背を見つめていたウィルを思考の海から引き戻したのは、聞き慣れたシルバの声だった。
我に返ったウィルはすぐに冷静さを取り戻す。


「そうだな。行こう」


そう言って足を踏み出したウィルの後をシルバは黙ってついて行った。
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