英雄は愛のしらべをご所望である
カチカチ……と静寂に包まれた空間に微かに響く秒針の音。蹲ったままどれだけの時間が過ぎたのか。
もうすでに窓の外の空には月が輝いていた。

休みを貰ったとはいえ、昨日も誕生会に行くため仕事を休んでいるので、店に顔を出して混んでいたら手伝おう、とセシリアは重い身体を持ち上げる。

フラフラとした足取りでドレッサーの前に座ったセシリアは、白銀に近いプラチナブロンドの長い髪に櫛を通し始めた。

この国は色素の薄い者が多い。そのためウィルのような黒色は良くも悪くも目立つのだが、セシリアの色もまた珍しがられることが多かった。

幼い頃は「婆さんだぁ」と揶揄われたこともよくあった。子供というのは自分の言葉が相手にどれ程の影響を与えるのか理解できないものである。
それはもちろん良いことも悪いことも両方だ。

セシリアは悔しくていつもウィルに泣きついていた。
その度にウィルはセシリアの頭を優しく撫でながら言うのだ。

『その色はセシリアに一番似合うよ』と。

大好きなウィルの言葉に、セシリアは毎回救われ、喜んでいた。今思えば、自分を嫌わずに済んだのはウィルがセシリアの全てを認めてくれたからかもしれない。

そう思った瞬間、セシリアはハッと顔を上げた。
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