英雄は愛のしらべをご所望である
とはいえ、決めたからといって昨日の今日でウィルの元へ突撃するわけにもいかない。
セシリアは少し軽くなった心と身体を動かし、身支度を整えていった。

廊下に出ると下の階から人々の賑わう声が聞こえてくる。ラルドの公演がない日でも、これだけの客を呼び込めるのだからエデンの食事は素晴らしいものと言えよう。

隣であるラルドの部屋から物音は聞こえてこない。きっとこれ幸いと熟睡しているのだろう。

そういえば、裏庭でウィルと対峙したラルドの様子が少し変だったな、と昨夜の出来事を思い出し、慣れないパーティーで疲れていたんだという結論に至ったセシリアは、ラルドを起こさないよう静かに廊下を歩き始めた。

廊下の突き当たりにある食堂のカウンターにあったパンを一つ貰い、軽い腹ごしらえを済ませる。
食堂を出てすぐ横にある木製の階段を音が響かないよう気をつけて降りれば、店のバックヤードだ。

そのまま奥へと進めば調理場があり、調理長を務める店主と助手が一人。配膳役として店主の奧さんと娘のリリーもいるはずである。

このまま顔を出しに行こうかとも思ったが、少し外の空気を吸おうとセシリアは裏庭に続くドアに手を伸ばした。
少し金具の錆びた音がして、その後ドアの隙間から涼しい風が入ってくる。

一気にドアを開け外に出れば、強い風が身体を撫でた。
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