英雄は愛のしらべをご所望である
「もちろん知ってます。この店で演奏していますよ」


客に対応するように姿勢を正し答えたセシリアだったが、すぐさまその表情を曇らせる。


「ただ、本日はお休みをいただいておりまして、師匠は店に出ておりません」
「……休みかぁ」


そう言って塀の上に突っ伏した男のあまりの落胆ぶりにセシリアは申し訳なくなった。
今日の休みは完全にセシリアとラルドの勝手である。疲れているとはいえ、ラルドの演奏を求めてやってきてくれる客のために頑張る、という選択肢もあったのだ。


「申し訳ありません。せっかく来ていただいたのに」


セシリアは深々と頭を下げた。例え客がラルドの演奏を求めても、慣れない夜会で疲れているラルドを無理やり起こすことはセシリアにできない。そして、ラルドの代わりにセシリアが演奏することも。

そんなセシリアを男はジーッと見つめていた。そして、何か閃いたのか「あっ!」と声をあげる。セシリアは声につられて顔を上げた。


「師匠ってことは、君も演奏できるんだよね?」
「え……それは、まぁ、一応」
「それなら、君が弾いてよ」


セシリアはポカンと口を開けたまま固まった。
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