英雄は愛のしらべをご所望である
「一先ず手を開放してくれないか? 痛くて敵わない」
「不法侵入犯が何を言ってる」


殺伐とした雰囲気が塀の奥に漂い始める。
会話と状況から考えて、男は塀に登るのを阻止され、拘束されているらしい。


「ウィル? その人なんだけど……」
「知り合いなのか?」
「いや……そう言われると」


明らかに不機嫌なウィルの声がする。会いたいとは思っていたけれど、タイミングが最悪すぎたようだとセシリアは肩を落とした。


「俺は『英雄の唄』を聞きに来ただけだ!」


悲痛な叫び声にセシリアははっと我にかえる。落ち込んでいる場合ではない。まずは男の解放が優先である。


「そうなの! 師匠の演奏を聞きにいらっしゃったみたいなんだけど、今日は休みで……」
「だから、彼女に演奏を頼んでたんだよ」


セシリアの言葉に補足するように男が声を発する。


「だが、塀をよじ登る必要がどこにある」


ごもっとも過ぎてセシリアは言葉につまった。男も言い返せないのか小さく唸っている。
ウィルの重々しい溜め息が辺りに響いた。
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