英雄は愛のしらべをご所望である
腕の拘束を解かれた男は、うーんと一度大きく伸びをする。男だというのに仕草の一つ一つが妙に色っぽい。
その姿を黙って眺めていたウィルは、その次に男がとろうとした行動にギョッとする。


「なにをしようとしてるんですか!?」


咄嗟に伸ばしたウィルの手が男の服の裾を捕まえる。


「なにをって、塀をよじ登る」
「駄目に決まってます!」


思わず叫んでしまい、塀の内側にいるセシリアが「ウィル、大丈夫?」と心配の声をかけてくる。
ウィルは己を落ち着けようと深呼吸をし、冷静さを取り戻しつつある頭で考え始めた。

周りに人の気配はない。ということは、男は一人ということになる。その結論に至っただけでウィルは頭が痛くなってきた。


「ひとまず帰りましょう」
「嫌だ。俺は彼女に英雄の唄を歌ってもらわなければいけない。そうそうチャンスがないことくらい君もわかるだろう?」


もはや駄々をこねる子供の相手をしている感覚に陥ってくる。

できれば面倒事は避けたいというのがウィルの本音だ。だが、セシリアが巻き込まれるのはもっと避けたい。
本当ならばこのまま回れ右をして、塀によじ登ることなく去ってもらいたいが、それができないのであれば答えは一つしかなかった。


「……お名前は」
「え?」
「何とお呼びすればよろしいですか?」


ウィルの問いを聞いた瞬間、男は誰もが見惚れるほど艶やかな笑みを浮かべた。その笑顔を見た時のウィルの表情がひどく苦々しかったのは想像に難くない。


「リース。リースと呼んでくれ。あと、敬語はいらない」
「かしこま……わかり、わかった」


言葉を吐き出したウィルは堪らず天を仰いだ。
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