英雄は愛のしらべをご所望である
「……ウィルは、ウィルだった」
安心してしまったからか、セシリアの目尻に薄っすらと涙が浮かぶ。
セシリアは、メニューを眺めていたウィルの右側の口角に力が入っている事に気がついた。
あれは迷ったり、何かを考えている際に見せるウィルの幼い頃からの癖だ。表情が大きく変わるわけではないので、気づく人は少ないけれど、僅かな変化も見逃さないとウィルを見つめてきたセシリアにはわかる。
ウィルは考え込むと返事がおざなりになる。だから、昔からセシリアは、考え始めたウィルにはとことん考える時間を与え、答えが出るまで待っていた。
セシリアがゆっくり考えてくれ、と言った時のウィルの反応が証拠だ。あれは、また癖が出てしまったことを申し訳なく思っているウィルなりの反省の仕草なのである。本人に自覚があるかはわからないが。
八年ぶりで、ウィルは変わってしまったのでは、と疑ってかかったり、何を考えているのかわからない、と距離を作ってしまったのは、自分だったのかもしれない、とセシリアは思った。
店の入り口で出会った時、ウィルは確かに驚いていたのだ。自分がとても驚いたからといって、ウィルがセシリア程のリアクションをとるなんて考えられないではないか。
その後だって、セシリアの問いに短いながらも答えてくれた。
セシリアが舞い上がって期待してしまっていたのだ。
それなのに、勝手に動揺して、落ち込んで、シルバにまで気を遣わせてしまった。
「あぁぁああ……もうっ! 落ち込んでる場合じゃないよ」
鼓舞するように自分の頬をパンパンッと叩き、セシリアは勢いよく立ち上がる。
ぐちぐちと過去を悔いるのは性分ではない。
反省はするが引きずらず、まずは行動。
それが、セシリアのモットーだ。
「まずは仕事だ」
そう言ってセシリアは顔をしっかり上げて、動き出した。