英雄は愛のしらべをご所望である
「それに眠くて……夜の公演まで体力続く自信ない」
「それは普段だらけすぎなだけです」
普段のラルドは昼の少し前に起床する。それより早く起きるなどレア中のレアだ。そのため、セシリアの練習を見てくれる機会も少ない。
今までは、それでもいい、とセシリアは思っていた。ラルドの演奏を毎晩聞けるだけでも大きな価値があるし、時々アドバイスもくれる。
セシリアの演奏技術はほとんど教えが必要ないくらいまで上達している。一番練習が必要なのは表現力と歌。それだって、習って身に付くものじゃない。
だから、現状で満足していた。
けれど、リースに演奏を披露することになって改めて思ったのだ。
もっと唄に込められた意味を伝えられるような奏者になりたい。人の心に届く演奏をしたい、と。
そのためには今のままじゃ駄目だ。
もちろんエデンの仕事を抜けるつもりも、ラルドのお世話を怠るつもりもない。自分のやるべきことはしっかりやる。
その上で、もっと上達するためにはどうしたらいいか。
それは簡単なことだった。練習あるのみである。
ただし、人に聞いてもらうということも重要だとセシリアは考えた。自己満足では成長しないからだ。
だが、セシリアの演奏は客に披露するレベルではないし、リリーなど友人の時間を取るわけにもいかない。
「でも、付き合ってくださることには感謝してますよ、師匠」
「うん……まあ、ね。一応、師匠だから。だけど、もう少し優しく起こして。ね?」
ラルドは懇願するように手の平を合わせ、小首をかしげる。いい大人がする仕草ではないが、セシリアは笑って聞き流した。
遅起きのラルドに午前練習を見てもらう。それは、当たり前と言えば当たり前。しかし、非日常と言えば非日常なことである。
まぁ、起こし方の要望については、ラルド次第だ。彼は柔な声かけで布団から離れる輩ではないので。