英雄は愛のしらべをご所望である
黒い瞳はずっとこちらに向けられていた。
バチリと目が合った瞬間、ラルドにぞくりと悪寒が走る。距離はあるはずなのに、確実に狙われている感覚だ。
「……あれで自覚がないなんて、ほんとガキは嫌だねぇ」
「え? なんか言いました?」
ラルドの呟きが聞き取れず、セシリアは首を傾げ聞き返す。そんなセシリアの頭を、ラルドはポンポンと優しく撫でた。
きっとこの行動も、彼を逆撫でさせるであろう。見なくてもわかるくらい背中に痛いほど視線が刺さってくる。
けれど、ラルドは彼、ウィルを怖いとは思わない。
「……勿体ないくらい、セシリアは素敵な女性に成長してるってこと」
「ドーナツ盗られたことを許したくらいで、大袈裟です。そろそろ行きますよ。本当に開店準備に間に合わなくなります」
「はーい」
セシリアは名残惜しげにウィルへ目を向けつつも、足を前へと進めた。ラルドは後をついていきながら、ふっとウィルを盗み見る。
ウィルはすでに視線を外し、同僚と言葉を交わしていた。
「……早く気づかないと、失うよ」
ラルドの視界の端で、太陽に照らされ白銀に光る艶やかな髪が靡く。
ーー本当に、君には勿体ないくらい、セシリアは素敵な女性になってるよ。