英雄は愛のしらべをご所望である


暗い思考が胸の中で渦巻いて、セシリアは徐々に俯いていく。
そんなセシリアにシルバは落ち着き払った声で話しかけた。


「セシリアさんは、どうしてハープを弾くようになったの?」
「ーーえっ?」


唐突な問いにセシリアは思わず顔を上げる。
彼はセシリアに気を使ってくれたのかもしれない。

そこには、優しい眼差しを向けてくれているシルバの姿があった。人を包み込むようなその慈悲深い笑みに、強ばっていたセシリアの心が解れていく。


「……私、黒き英雄様の物語が好きで、伝説を伝える色々な唄を歌ってみたくて弾き始めたんです。その……すごく単純ですよね」
「いいじゃないか。俺も黒き英雄に憧れて、たくさん物語を読んだよ」


笑みを深めたシルバに、セシリアも自然と笑みが溢れる。
馬鹿にされたり否定されることなく、自分を肯定されるのは、やはり素直に嬉しい。

だからだろうか。セシリアは年齢を考えれば、他者に言うには少しばかり恥ずかしい話も抵抗なく口にできた。


「私もたくさん読みました。特に英雄様を陰ながら支え続けた女性との恋物語にはまって……」
「黒き英雄の妻になった女性だね。彼女の支えなしでは、黒き英雄が誕生しなかったとも言われるくらい重要な人物。彼女もハープを弾いていたというのは知ってる?」
「へぇぇ! 全然知りませんでした。そうなんですね……なんだか偶然とはいえ、嬉しいです」


大好きな人物と同じものを嗜んでいるということを知って、セシリアのテンションが上がっていく。
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