わたしがまだ姫と呼ばれていたころ

そのころの男女が歩く、と言えば「鴨川」に決まっていた。
今もそうなのかもしれないけれど、飲んで酔い覚ましに歩くにはちょうどいい場所だ。

ちょっと歩き疲れたら河原に座って鴨川を見ながら話す、というのはもはや定番中の定番。
そのあとの展開だって、十中八九は同じだろう。
姫は何度も歩いたことのある鴨川を、つきあっている男の友達と、今日初めて歩いた。

ハイヒールで歩きづらいのが難点だったが、頬を撫でる風が心地よい。
そんな姫の足元に気づいたようで、男が声をかけた。
「そんな高いヒールじゃ歩きにくいだろ? 脱いじゃえよ」

「命令しないで」

「おぶってやろうか」

「結構よ、ひとりで歩けるから」
そう言った途端、ハイヒールが河原の石の間にはまり、姫は転んでしまった。


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