わたしがまだ姫と呼ばれていたころ

「危ない」
すばやく男の両腕が姫のからだを支えた。

「ありがとう」

「一緒に行くよ」

「いいわ、ひとりで行けるから」

姫は男の手を払いのけると、ハイヒールの足に力を込めて、テーブルや壁を手すり代わりに、少しずつ歩いて行った。
後ろから心配そうに見ているであろう男に、平気なのだということをアピールしたかった。

洗面所で水を流しながら何度かうがいをした。気分が悪いわけではない。むしろ、逆。
ふわふわと雲の中を歩いているような感じ。鏡の中の自分自身が、いつもより数段可愛く見えた。

「やっぱり酔ってるのかしら」


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