わたしがまだ姫と呼ばれていたころ

バッグの中から白粉を取り出し、頬とおでこ、鼻の頭に少しはたく。リップグロスをつけ直す。
ティッシュで唇を軽く押さえてから、もう一度鏡の中の自分に微笑む。

席に戻ると、男が水の入ったグラスを差し出した。
「これ、飲んで。もう今日はアルコール禁止な」

「命令しないで」

口ではそう言ったものの、素直に男からグラスを受け取って水を飲んだ。
「あー、美味しい」

「少し休んだら行こうか」

「うん」

一気に飲み干したグラスを見て、男が言った。
「もう一杯もらおうか?」

「ううん、もういい。ありがとう」


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