マーメイド・ラブ
 その日以来、彼は一日おきには病室を訪ねてくれるようになった。
知れば知る程、彼ともっと話したい、もっと一緒にいたい・・・と、そう思うようになっていった。出会ってからまだそんなに日はたっていないけれど、そんなの関係ないくらい、彼はとても優しくて素敵な人だった。
 でも・・・
 でも、自惚れないようにしよう、と私は自分に言い聞かせた。
 記憶を失っている私を彼は同情してくれているだけだ・・・と。
 自分の心に芽生えてきている彼への好意をそう自分の中でいましめた。
 だって、彼は記憶をなくした私を不憫に思い、同情してくれているのだから。
 もしかしたら、自分が助けたということで、責任を感じているのかもしれない。
 記憶を失って、身元もわからないような女なんてどう間違っても恋愛対象にはならないだろう。その前に、私だったら多分関わりたくないと思うかもしれない。
 そう思うと、彼の優しさで胸が締め付けられた。
  彼は、退院後の私の生活についても心配をしてくれて、更に記憶が戻るように出来る限りの力になってくれるとまで言ってくれた。
 これからどうしよう・・・という不安はずっと心にひっかかっていた。
 なにしろ退院後の問題は山積みだ。
 一番は住む所だ。
身元もわからない、保証人もいない、仕事もしていない、もちろん家賃も払えるはずがないという私に部屋を貸してくれるなんてあるのだろうか。
 仕事だってそうだ。
 私を雇ってくれるところがあるのだろうか。
 想像しただけでも、外の世界へ踏み出すのが怖い。
 けれども、けだるさのあった体は回復し、確実にその日は近づいていた。
 退院。
 それを考えると、逃げ場のない状態で幽霊が近づいてくるかのような、どうしようもない怖さが私を襲っていた。
 そんな時だったので、彼の厚意はすごくありがたかったし、相談できる相手ができたことでかすかな希望さえ生まれてきた。
 
 そんなある日だった。
 
 「住む所見つかったよ。」
 
 来て早々、意気揚揚と彼は私にそう告げた。
 「ええっ!!ほんとうに!?」
 思いもよらない吉報に驚く私。
 彼は言葉を更に続けた。
  
 
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