桜が咲く頃、君の隣で。


翌日、俺はまんまと寝坊した。色々考え過ぎて眠れなかったせいだ。


こんなに悩んだのは久しぶりだと思うくらい、目を瞑って必死に寝ようとしても雪下さんのことが頭から離れなかった。

だから眠れないついでに、これまでの経験を振り返ってみて対策を考えようと思ったのが余計に眠れなかった原因かもしれない。



一応十七年生きてきたのだから、俺にも好きな人くらいはいた。

小学生の頃だけど、クラスで一番人気のあった女子だ。でもあの頃俺がどうやって好きな子と接していたのか覚えていない。多分好きだと思うだけで、なにもしなかったのだろうな。


中学でも一応好きかもしれないと思う女子はいたけれど、その子に彼氏が出来たというのを聞いた時、なにも感じなかった。
つまりそれは、好きじゃなかったんだろう。


眠れなくてあれこれ考えた上に、結局なんの答えも見つけられないまま案の定寝坊をしてしまったというわけだ。



いつもより十分遅れて電車に乗り、駅に着いたのはチャイムが鳴る五分前。

走れば間に合うかもしれない。

走るくらいなら遅刻したって構わないだろと一瞬思ったが、これまで無遅刻無欠席ということだけが唯一の自慢だと言える。

正直他の奴らから見たらそんなこと自慢でもなんでもないのかもしれないが、こうなったらもう自分との戦いだ。絶対に遅刻はしたくない。



改札を抜け南口に出ると駅前の通りは人が多いが、そこを抜けてしまえばあまり車の通らない片側一車線の一本道。

全速力で走った。

のん気に歩いている生徒を何人か見つけたが、俺はそいつらの横を颯爽と駆け抜ける。


鞄からスマホを取り出して時間を確認している暇はないが、多分ギリギリ間に合うだろう。

そう思った時、少し前を歩く女子の姿が目に入った。


茶色いコートに、腰まで届きそうな長い黒髪が揺れている。

走る速度を少しだけ落とした。



あと三メートルという距離まで近づくと、急に心臓の鼓動が激しく波を打つ。

全速力で走ったからではないとハッキリ分っていた。


二メートル、一メートルと、彼女との距離はあっという間に近付いてしまった。

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