桜が咲く頃、君の隣で。
俺はなにも考えず……彼女の、雪下さんの腕を掴んだ。
「走れば間に合うぞ」
雪下さんの左腕を掴んだまま、さっきよりも少しペースを落として走った。
雪下さんが今どんな顔をしているのか分からないが、遅刻しないように一緒に走りたいと咄嗟に思ってしまった。
誰が歩いていようと、いつもなら気にしなかっただろう。
でもそう思ったのは多分、雪下さんだからだ。
まだ開いている門の中へ駆け込むと、雪下さんは俺の手を振り払った。
そこでようやく、俺は雪下さんの方を見る。
膝に手を当て前屈みになり、小さい肩が小刻みに揺れている。
垂れ下がった長い髪で顔はよく見えない。
「あ、ごめん……ギリギリ間に合うと思ったから……」
「……だって」
「えっ?」
「私……病気だって言ったじゃん」
「……あっ」
そうだ、病気だからって言っていたのに、俺……。
その時初めて昨日の雪下さんの言葉を思い出した俺は、分かりやすいくらいオロオロとうろたえながら思い切り頭を下げた。
「ごめん! 本当にごめん! 普通に忘れてた」
恐る恐る顔を上げた俺の目に映ったのは、大きな瞳を潤ませて俺を真っ直ぐ見つめている雪下さん。
涙を溜めた目が、朝日でキラキラと光って見えた。
体は大丈夫か聞こうとした時、雪下さんは俯きながら校舎に向かって歩いて行ってしまった。
その場にぼんやりと立ち尽くしている俺の横を、他の生徒が通り過ぎる。
鳴り響くチャイムの音も、どこか遠くの方から聞こえているような気がした。