桜が咲く頃、君の隣で。
「あぁ、数学だったか……」


次の授業はなんだったかと、黒板の横に貼られている時間割を見ながら家庭科の教科書を鞄から取り出し、再び頭を抱えた。


「彰のそういう顔、初めて見るな」

自分がどんな顔をしているのかは分からないが、普通じゃないのは自分でも分かっている。


「美琴!」


突然聞こえてきた声に、俺は息を吹き返したかのようにパッと顔を上げた。

雪下さんは立ち上がり、廊下側にある理紗の席に向かった。


理紗はもう名前で呼んでいるのか。うしろ姿しか見えないけれど、きっと笑っているんだろうな。
体調は大丈夫なようだ。それだけでもホッとする。



「お前、大丈夫かよ」


なにがだ? とはもう言えない。
俺のことを一番よく見てきた大和には、なんとなく分かっているんだろう。


「そうやって悩むのは別に悪いことじゃないし、むしろ良いことだと思うけどさ」

「良いこと?」

「ああ。眉間にしわ寄せて難しい顔して、かと思えば名前を聞いただけで目見開いちゃって。それってすげー考えてるってことだろ? なにもない、なにも考えてないとか言ってたお前がさ」


言われてみればそうだ。なんの授業をしているのかも分からず、誰の声も聞こえず、一時間も一つのことに対して考えるなんて今までなかったかもしれない。

いや一時間どころじゃない。
昨日から、俺はずっと雪下さんのことを考えていた。

空っぽだった俺の心の中に、今は雪下さんが確実に存在している。

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